蓼科高原日記

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スタンフォード物理学再入門 量子力学 レオナルド・サスキンド、他(著)

スタンフォード物理学再入門 量子力学」は、スタンフォード大学教授レオナルド・サスキンドが同大学で行った社会人向け講座(The Theoretical Minimum)から誕生した一冊にして、先に記事にした「スタンフォード物理学再入門 力学」の姉妹編(続編)である。

 

その性格上、「力学」同様、この「量子力学」(以下、同書と記す)もまた、企図しているのは厳密詳細な理論展開や計算技術の開陳ではなく、量子力学の基本とその特質を、概念理解に重点をおいて俯瞰的に紹介している。

 


私は同書を、「力学」と併せ邦訳の電子書籍として購入したが、今般再読のため開こうとしたらKindleには入っておらず、よくよく確認したところBoolLive版だった。

 

20220714-量子力学

 

姉妹書をなぜ別々の版で入手したのか、はっきりとは覚えていないのだが、おそらくディスカウントや割引クーポンの配布等があったためだろう。

 


「力学」に続き、同書の方も原書が手に入ったので、これを手元に置き、邦訳ですっきりしない部分は適宜参照しながら読み進めた。

 


さて、同書の目次は次の通りである。

 

第1章  系と実験 (Systems and Experiments)
第2章  量子状態 (Quantum States)
第3章  量子力学の原理 (Principles of Quantum Mechanics)
第4章  時間と変化 (Time and Change)
第5章  不確定性と時間依存性 (Uncertainty and Time Dependence)
第6章  結合系:絡み合い (Combining Systems: Entanglement)
第7章  さらに、絡み合い (More on Entanglement)
第8章  粒子と波 (Particles and Waves)
第9章  粒子の力学 (Particle Dynamics)
第10章 調和振動子 (The Harmonic Oscillator)

 

 

 

 


量子力学の基礎的な書籍では、粒子と波動の二重性、不確定性から話を始めることが多いように思うが、同書では「力学」との関連も重視してだろう、まず量子力学における状態および状態空間を、スピンを例にして古典力学と対比させながら議論を開始している。

 

そして物理量(観測量)がヒルベルト空間における線形演算子で表現されるといった原理、ディラックによるブラ・ケット記法、演算子の具体的表現としてのパウリ行列などを導入した上で、二つの演算子の交換子がそれら物理量の不確定性と繋がっていることを示し、後半に身近な物理量としての位置と運動量を表す演算子に関する議論が置かれて、一段高い所からハイゼンベルクの有名な不確定性原理が導出される。

 

最後に調和振動子を題材として、波動関数演算子それぞれに立脚した取り扱いを展開し、両者の特質を明示する――といった構成である。

 


古典力学に比べて遥かに多く必要となる数学的道具については、要する箇所において適切(しかし厳密性は求めず)に紹介されているものの、やはりある程度それらに馴染んでいないと十分に理解するのは難しいだろうし、「力学」程度の物理知識も前提とされている。

 

その意味では、決して一般読者が気軽に読める書籍ではないが、量子力学を真面目に学ぼうという初学者にとっては、この分野の奇妙さ・不思議さをはじめ、ディラックのブラ・ケット記法の効用、さらに人間の頭脳の生み出した純粋抽象理論と自然界との繋がりなどが次々と眼前に立ち現れて興味が尽きないはずだ。

 

 

 

 


ただ、遺憾ながら同書についても、邦訳版書籍の品質に関しては一言しておかざるを得ない。

 

数式における誤記・誤植に加え、次の如き明らかな誤訳も見受けられた。

 

This phenomenon, known as quantum tunneling, is completely unknown in classical physics.(原書p342)→この現象は量子トンネリングとして知られ、古典物理学では完全には理解できないものである。

 

理解しながら読んでいれば容易に気付く誤りがほとんどだし、また議論の本筋を損なうような誤訳はないとは言え、脈絡の乱れを生じかねない表現が散見され、同書が対象とする初学者にとっては、徒に悩まされることが少なくないように思う。

 

これも最後の部分で記憶に残っているので公平のため記せば、原書p344においてωをfrequency(振動数)としているのを、「角振動数」と訂正もしてはいるけれど……

 

 

なお、同書については、出版元のウェブページに正誤表へのリンクがあったので、どこまでミスが潰されているだろう――とクリックしてみたら、「お探しのページは移動・削除された可能性があります」である(2022年7月14日時点)。

 


サスキンド教授による"The Theoretical Minimum"シリーズは、"Quantum Mechanics"に続いて"Special Relativity"が既に出ており、来年(2023)初めにはさらに"Genaral Relativity"の刊行が予定されているが、邦訳版は同書で打ち止めらしい。

 

しかし、それを歎ずる必要はあるまい。