筑摩世界文学大系の第64巻は、古代文学集である。
時代は古代として、地域はどこに焦点が当てられているかというと、ギリシア・ローマだ。
もっとも、こう言ってまず想起されるであろうホメロスは第1巻に収録されており、続く第2巻はギリシア・ローマ古典劇集としてアイスキュロス、ソポクレス、アリストパネスなどの作品を収めている。
その上で敢えて古代文学集なる巻を設けたのは、世界文学大系の名に恥じぬ叢書とすべく、現在――特に我が国では――あまり知られてはいないこの時代・地域の小説と小詩をも紹介しようとの意図に基づくに違いない。
実際これは、他に中世文学集、近代劇集・小説集さらに現代小説集・劇集が設けられ、主に規模の小さな――しかしもちろん、文学的価値は多分に具えた――作品群を収録していることからも窺うことができる。
さて、この第64巻・第古代文学集の収録作品および作者は次の通り。
・ダフニスとクロエー(ロンゴス)
・エペソス物語(クセノポン)
・ルキアノス短篇集(ルキアノス)
・遊女の手紙(アルキプローン)
・レウキッペーとクレイトポーン(タティオス)
・サテュリコン(ペトロニウス)
・アルス・アマトリア(オウィディウス)
・ギリシア・ローマ詩
このほか、ツィンメルマンによる「ギリシアの小説」が付されている。
白状すれば、ここに見られる名の内、知っていたのが半分ほど、しかしそれらも単なる固有名詞として頭にあっただけで、作者の経歴や作品の内容に接したことはほとんどなかった。
内容的にも分量的にも、同巻の骨格を成すのは「ダフニスとクロエー」「エペソス物語」「レウキッペーとクレイトポーン」といったところだろうが、個人的にはルキアノスの短編が興味深かった。
その冒頭に置かれた作品のタイトル「本当の話」というのは反語的なもので、物語の性格を一口に言ってしまえば、荒唐無稽な空想譚である。
しかしながら、紀元2世紀に早くもSFの萌芽とも言える作品が世に現れていたという事実に少なからず驚かされると同時に、ジュール・ヴェルヌの「月世界旅行」が連想され、一般的に広大無辺の領域を駆け巡ると考えられている人間の想像力というものが、実に1700年という長い時を経てもあまり遠くまで飛翔していないのではないかという思いが頭に浮かんで些か戸惑った。
そしてこの感は、同じ間に成し遂げられた科学技術をはじめとする学問上の進歩と比較すれば、一層明瞭顕著とならざるを得ないのである。
現在、大部な全集は、企業の重役室や応接室などの装飾品、一種のインテリアとして重宝されることはあっても、本来の用途である読書の資という面ではほとんど顧みられないようだが、人類の壮大な文筆活動を俯瞰させてくれるアーカイブとしては無論のこと、今般同書を繙かなければ一生読むこともなかったかもしれない上のような作品に触れる機会を提供してくれるという事実をとっても、もっともっと重用されて然るべきだろう。