アンブローズ・ビアスという名に接して、「悪魔の辞典」「アウル・クリーク橋の一事件」といったタイトルを直ちに想起する人士は少なくないだろう。
かく言う私自身、いずれも岩波文庫版の「悪魔の辞典」および、「アウル・クリーク……」を含む「ビアス短編集」を書棚に並べており、これらは既に一度ならず読んでいる。
そこへ新たに「ビアス怪談集」を加えたのは、ある電子書籍配信サービスからちょっとしたクーポンが届き、折角なので何か適当な本を購入してみようかと思っていたところ、さらに講談社の一部書籍が割引となるキャンペーンが打たれ、そこに同書を見出したからである。
いや、正直なことを言えば、この「ビアス怪談集」以外には、「これが文学作品なのか……」と目を疑うようなカバーの書籍しか見当たらず、仮に同書が入っていなかったら、クーポンを捨てて些かも惜しくは思わなかったろう。
こうして一先ず同書をピックアップはしたものの、手元にある「ビアス短編集」との間に収録作品の重複が多いとなると入手の意味は薄れてしまうわけだが、確認したところそれは数作に留まっていたので購入に踏み切った。
因みに、同書の収録作は次の通りである。
右足の中指
宿なしの幼な子
月あかりの道
壁のかなた
死人谷の夜の怪異
ハルピン・フレイザーの死
シロップの壷
見知らぬ男
適切な環境
あん畜生
マカーガー峡谷の秘密
猛烈な格闘
カーコサの一住民
アウル・クリーク橋の一事件
家族の中で孤立した存在だったビアスは、15歳で早くも生家を離れて小さな新聞社の植字工見習いとして社会へ踏み出し、南北戦争の勃発とともに北軍へ志願入隊して数年間を軍人として過ごした後、複数の新聞へ記事を寄せて文筆活動を開始したという。
その手になる文章はほとんどが短編(だと思う)が、これはビアスの持って生まれた資質とともに、上の経歴におけるジャーナリストとしての活動が少なからず影響しているような気がする。
今般またビアスの短編を読んで、最も印象に残ったことは、作品により好悪が大きく振れた点だ。
これはあくまで、作品を一読しただけでその文学的出来栄えや価値を看破する識見など持ち合わせてはいない者の個人的趣味に基づいてのことではあるが、不思議と言えば不思議である。
特に、以前「ビアス短編集」を読んだ際にはこのような印象を覚えた記憶はないことを鑑みるに、猶更そう思うのだ。
単に偶然的にそのような作品が収録されただけなのか、それとも訳文に振れを増幅する要素が具わっていたのか……
「短編集」の方を今一度繙いてみれば、解の端緒くらいは見出せるかもしれない。
もっとも、作品間に好悪の振幅があったにせよ、ふと気づくと一気呵成に読了しており、全体として入手して良かったと思う一冊であったことは確かで、ここにはやはり、芥川龍之介やカート・ヴォネガットらが礼賛したビアスの力量が表れているのだと思う。
なお、電子書籍版のカバーはただ「KODANSHA」のロゴマークだけで、何とも味気ないのが残念だ。