蓼科高原日記

音楽・本・映画・釣り竿・オーディオ/デジタル機器、そしてもちろん自然に囲まれた、ささやかな山暮らしの日常

Introductory Real Analysis(A.N.Kolmogorov, S.V.Fomin著)

旧ソ連碩学コルモゴロフ(A.N.Kolmogorov)の名を知ったのは、数学科の学生時代に確率論を受講し、その実学的有用性と重要性は十分に承知しながら、数学的地盤の軟弱さに対するフラストレーションに苛まれてこれを解消したいと思っていた時に教示された、公理論的確率論を樹立した記念碑的名著「確率論の基礎概念(Foundations of the Theory of Probability)」の著者としてであった。

 

その後、関数解析の参考書の一つとして、S.V.Fominとの共著「函数解析の基礎(Elements of the Theory of Functions and Functional Analysis)」の簡にして要を得た記述にも大いに助けられたが、通読したわけでないこともあってこちらはそれほど印象には残らなかった。

 


これと同じ両著者の手になる「実解析入門(Introductory Real Analysis)」を手にしたのは、6年ほど前、学術書を例によって集中的に渉猟した際、AmazonDover版新品が確か千円に満たない価格で出ているのを目にし、ペーパーバックとは言えこれほど高名な数学者の大著がこんな値段で……との思いを抱いたためである。

 

こうして入手はしたものの、他の読書などとの関係もあってこれまで書棚に「積ん読」状態が長く続いてしまったが、昨年末漸く繙くこととなり先日読了に至った。

 

20230502-Introductory Real Analysis(A.N.Kolmogorov, S.V.Fomin著)

 


同書の章構成は以下の目次に示された通りである。

 

1. 集合論(Set Theory)
2. 距離空間(Metric Spaces)
3. 位相空間(Topological Spaces)
4. 線型空間(Linear Spaces)
5. 線型汎関数(Linear Functionals)
6. 線型作用素(Linear Operators)
7. 測度(Measure)
8. 積分論(Integration)
9. 微分論(Differentiation)
10.更なる積分論(More on Integration)

 

 

 

 


同書の執筆目的がモスクワ大学における講義用テキストということもあってか、含まれているのは概ね実解析の標準的内容である。

 

この分野への久しぶりの再訪、同書を通読して強く感じたのは、素材選択の綿密さ、および理論展開の見事さで、印象に残らないどころではない、極めて強烈に脳裏に焼き付いた。

 


最初の三章は言うまでもなく現代解析学を展開する土台の準備で、ページ数にして100強に過ぎないが、それぞれ極めて簡潔かつ明瞭に記述されており、以降の章を読み進むに必要な概念は漏れなく含まれているだけではなく、理解しやすさという面にも十分な配慮がなされている。

 

いずれの内容についても、下手な入門書を個別に読むより遥かに有益だろう。

 


そして次章は、この手の書籍では読者にとり"be familiar with"なものとして略されることの多い線型空間に割かれているが、当然ながら広大な領域を有するこの分野を遍く紹介しているわけではなく、解析学において大きな役割を演ずるノルムや内積などの構造に焦点を当て、それらの基本事項が50ページ強に亘り述べられている。

 

これは同書の自己完結性を目指した結果だろうけれど、同書籍の主峰となる続く二章の内容理解を一層深く確実にする意図も強く感じられる。

 

第五章においては、双対空間・各種の位相に加えて超関数が取り上げられており、個人的には、線型汎関数の援用による超関数操作の定式化には今更ながら目を瞠らされた。

 

第六章では随伴作用素および絶対連続作用素に関する理論が展開されている。

 

 

 

 


残りはルベーグ積分およびその関連・隣接理論。

 

これらが最後に置かれているということは、すなわち先立つ章は測度論を用いることなく展開された半古典的――というより準現代的な議論となっているわけだが、抽象化・一般化の森に迷って主峰に取り付くことすらできない例の少なくないことを鑑みるに、この構成の意義も自ずと明らかとなるはずだ。

 

ただ、その反面、現代解析学の本格的展開、斯界におけるさらなる高みへの登攀は別の書籍や講義で――ということで、実際、同書は実解析の重要な素材であるL1, L2両関数空間をざッと取り上げることをもって閉じられている。

 

これら三章も、ルベーグ積分論を学ぶ者によい道標となるはずだ。

 


学生時代に拾い読みした「函数解析の基礎」はR.A.Silvermanによる英訳版、Vol.1, 2二巻合わせて300ページほどだったが、今般改めてAmazonで見たところ、邦訳版は上下で1000ページという分量である。

 

どうやら、英訳版にあまり印象を受けなかったのは、Silverman先生の編集(?)によるところが大きいようだ。

 

そんな有難迷惑を蒙らずに世に出ることのできたのは、「実解析入門(Introductory Real Analysis)」、そしてこれを読む者にとって幸いだった。

 

なお、同書は私の入手時より大幅に値が上がっている。

 

しかしこれくらいの対価を払っても決して損はなく、その意味では現状が適正価格と言ってよいかもしれない。