五箇山(ごかやま)は現在の富山県南砺市にある四十の小集落の総称で、その内の相倉と菅沼の両集落が重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、また白川郷とともに世界遺産にも登録されている。
その相倉集落の駐車場へは開場(といってもゲートなどがあるわけではない)と同時の8時半、観光客の車としては一番乗りだった。
駐車料金500円を払い、パンフレットを受領。
その際に教えられた、集落を一望できるというビューポイントへまず上がることにして足を踏み出すとすぐ、目の前をにょろにょろ這うものがいる。
50cmほどのアオダイショウで、こいつが石の隙間へ姿を隠すのを待って上り始めると、道の一部に沿って鈴を結んだロープが渡されており、それを揺すると鳴るようになっている。
付されていた説明板によると獣除けということで、実際、熊が出ても不思議はない周りの様子だった。
ゆっくりと歩きながら、この集落にある二十棟の合掌造り家屋のほとんどを見、また写真に納めて一時間ほど。
民族館と伝統産業館もあったが、個人的にこの種の資料館に入ると細かな所に目が行きすぎ、予め主眼に据えた集落を大局的に観ようとの目論見が疎かになりそうだったことから割愛してここを後にした。
続いて、相倉集落から標高を下げるように道を辿って菅沼集落へ。
ここでも、ナビの指示する集落へ入るらしい分岐には進入禁止の標識が出ていたため、通過して少し行くと展望広場を兼ねた駐車場が見えた。
このことからもわかるように、相倉集落は道路からかなり下の盆地に広がっている。
ここでも駐車料金500円を払い、エレベーターで降りるとトンネルが左右両側に伸びており、右が「世界遺産 菅沼合掌造り集落」、左が「五箇山合掌の里」と示されていた。
さてどちらへ行ったものかと少々悩んだが、先ずは知名度から右へと進んだ。
ひんやりとしたトンネルを出ると、強い日差しとともに合掌造り家屋が目に入ったので、それらに焦点を合わせながら歩いて行ったのだが、すぐにあっけなくその対象が尽きてしまった。
これはもしかしたら、「五箇山合掌の里」の方に多くの棟が建っているのかもしれない――と踝を返し、トンネルを反対側へ通り抜けたものの、当ては外れてこちらにはさらに少数の合掌造りしか見られなかった。
なぜか、菅沼は相倉より大きな集落と考えていたのだけれど、実際は逆で、菅沼の合掌造り家屋は九棟に過ぎないことを後で知った。
ただ、数の点ではこのように小規模ながら、大きめの水田が隣接していることにより却って広々とした印象を受けるのも事実。
そんな画像を事前に目にしたことが、上の思い込みを招いたのかもしれない。
駐車場へエレベーターで上がると、遊歩道の案内が出ており、その先にやはり展望スポットがあるというので、そこまで行って眺望を得て留飲を下げた。
さて、前夜は入浴していない上、今朝は夏のような陽射しによる暑さの中を歩いて汗を掻き、かなりの不快感を覚えたため、日帰り入浴のできるという温泉で汗を流してから白川郷へ向かおうかと思ったのだが、目当てにした施設へ着いてみると営業しているようには見えず、また白川郷ではより標高が低いことに加え陽は一層高く照りつけてくることを考えると、ここで汗を流しても元の木阿弥だろうと思い直し、そのまま白川郷へと向かった。
平日の午前中ながら、ナビに導かれて入ったせせらぎ公園駐車場には既に何台もの大型バスをはじめ数多の車が停まっており、人出も凄い。
ここから集落へ入るには庄川に架かる「であい橋」を渡るが、その上はもちろん、渡り切って集落内を見渡しても人、人、人である。
先の相倉・菅沼両集落に比べると格段に広く、どのように見て歩こうかと暫し悩んだ末、結局これといった方針は浮かばず、足の向くまま気の向くままでよかろうと歩き出して一回りした後、ここ白川郷でも全体の眺望を得ておきたいと考えたのだが、展望台までは徒歩で20分ほどを要するというし、シャトルバスを使うにしても片道200円と安くない上、ちょうど便の切れる時間帯にかかってしまったことから、遺憾ながら諦めた。
集落の規模に見合うだけの時間をかけて回らなかったことに加え集落の俯瞰を割愛したためだろう、白川郷の印象は些か薄く散漫なものに留まってしまった嫌いがある。
しかしともかく、岐阜と富山に跨り代表的な合掌造り集落を一通り観るというこの旅の主眼の一つは果たすことができた。
さて、時刻は正午、昼食の頃合いだが、これまでの道筋でも今周りを見回しても、腰を落ち着けて食事のできるような店はどこもかしこも何故か表に出して達している品書きに値を記していない。
まさか酷くぼられることはなかろうとは思いながら、何となく気分の悪いのは否めなかったので、しっかりと値札を掲示してある明朗会計のお休み処といった店で飛騨牛入りのおやきを一つ口にし、あとは前日の残りのおにぎりで昼を済ませ、再び高山へと向かった。
これは独り私に限ることではないと思うが、どこへ行ったにせよ、往路をそのまま引き返すのは何となく気が進まず、できるなら別の経路を辿りたくなるものだ。
特に今回のようにトンネルばかりの高速道路を使って来たとなると何の面白みもなくなおさらだ。
そこで一般道で行くことにしたが、白川郷と高山へは国道158号で繋がれている他、酷道ともいわれる国道360号、および国道471, 472号を使ってもよい。
どちら経路も所用時間はほぼ同じ、一般的には前者に依るのが常道と思われたが、走行距離は後者の方が20kmほど短く、また、個人的に、泉鏡花の代表作の一つ「高野聖」に描かれている天生峠を360号が越えている点に大きな面白みを覚えたことから、こちらを辿ることにした。
11月から5月末までの冬季はもちろん、降水などの気象状況によってもよく通行止めになるとのことで、果たして通れるだろうかとの不安はあったものの、幸い好天が続いていたため無事入ることができた。
さすがに道幅は狭く、ところによっては対向車との行き違いのできないところも散在、さらに局率半径の小さなカーブが連続し、それら曲率の積分を考えたらいったい円周を何度回っただろうと思うほどだったが、路面は想像したほど荒れてはおらず、はじめに挙げた行き違いも10回ほどで、どちらかの後退退避が必要となることもなく、無事峠を越えることができた。
もっとも、雪や雨の降る下での走行をしようとはとても思わないし、実際、黒い雲が空に現れた時には、それだけでも些か不安を覚えた。
天生峠には泉鏡花の碑があると聞いていたので、その出現に注意しながら走行、そしてそれは確認できたものの、車を停めるのは何となく憚られて、目にしただけで良しとした。