学生時代、専攻していたわけではなかったが美術にも関心があったので、当時倉敷を訪れた際には大原美術館で長い時を過ごしたが、この夏の四国・中国旅行で倉敷へ立ち寄った時には、時間的に余裕のなかったこともあって美術館へ入るのは見合わせた。
その代わりじっくりと街を歩き、さして広くもないエリアゆえ景観のほとんどを目にできたことから、今般は久しぶりに美術の世界に浸ってみようと考えたのだけれど、さて入館料はいくらだろうと調べたら2000円という金額が目に入ってやめた。
以前のように一日中館内に居るならまだしも、数時間の観覧でこの料金では――と言うより、そんな前提を取り去っても首を傾げざるを得ない。
それなら同美術館所蔵の看板絵画の作者の名を冠した隣の喫茶店エル・グレコで小憩をと思ったものの、ここもネット上に出ているメニュー画像を見て一気に食指が萎えてしまった。
京都の寺院もそうだが、こんなことをしているといずれ自らの首を絞めることになるような気がしてならない。
単に私が吝嗇なだけなのだろうか……
そんなわけで、これも今般の倉敷訪問の目当てであった「珈琲ウエダ」さんへ真っ直ぐ向かった。
何方でしたっけ?といった反応に直面したらちょっと悲しいな、などと思いながらドアを開けて店内へ入ると、前回からほんの三ヵ月しか経っていないこともあってかすぐ当方の顔を認識してくれ、ほッと胸を撫で下ろした。
看板猫の姿ははじめ見えず、外出中とのことだったが、暫くすると二階に潜んでいるのが発見され、間もなく降りてきて再会を果たすことができた。
まだ夏の名残が強く感じられる日だったけれど、前回は店の奥に丸まっていたのに対し、今回身を置いたのは窓際の陽だまりで、これを目にしてやはり季節の進みを想った。
ちょうどお茶時で結構人の出入りが激しかったため、長居は迷惑だろうと一時間ほどで失礼した。
今後も西日本を訪れることがあったら、途中下車してでもまた立ち寄りたいと思う。
軽く美観地区を歩き、この日宿泊する倉敷駅前ユニバーサルホテルのチェックイン可能時間となったのでそこへ。
名称に「駅前」とわざわざ冠しているけれども、倉敷駅からは距離にして800mほどあり、贔屓目に見ても妥当とは言い難い。
反対に美観地区には至近なのだからこちらを売りにすればいいように思う。
宿に落ち着くと朝に稲荷山をかなり歩いたことによる疲労を急に感じ、ゆったりと湯に浸かりたい気分になったが、大浴場の開くまでにはまだ少し間があり、眠気も強く出てきたことから、部屋のユニットバスでシャワーを浴びるにとどめてベッドに横になりしばらく目を瞑り、夕方六時、夕食のサービスが始まるのを待って一階のレストランへ下りた。
日替わり定食、ビーフカレー定食から選択とのことで前者を選び、正直なところ質・量いずれも大満足とはいかなかったけれど、料金と照らし合わせればまず合格と言えよう。
こうして早めに夕食を夕食を済ませたのは、このあと出かけるつもりだったからである。
行き先は、昼間は喫茶店として、夜はライブ演奏の行われるジャズクラブ「ピアノホール アヴェニュウ」、目当てはその生セッションだ。
夜七時半に宿を出、前回とは異なり既に宵闇の下りた美観地区を歩いて目的地へ着くと、表通りに微かに音楽が流れており、二重のドアを開けて店内へ。
開演予定が八時だったのでまだ先客はおらず、案内された席へ着いてメロンのクリームソーダを注文してそれを口にしている内に入り口ドアが開き始め、やがてピアノトリオによる演奏が予定通り始まった。
全十曲ほど、間に休憩を挟んで正味約一時間、生の音源に浸ったが、本当に久しぶりだったこともあり実に新鮮だった。
パフォーマンスが良かっただけに少々聴き足りない感を否めなかったが、千円というミュージックフィーでより多くを望むのは演奏者に酷というものだろう。
そう思いながら、大気に秋の気配の混じり始めた路を辿り宿へと戻った。
なお、同クラブで行われる演奏はYoutubeでストリーミング配信されており、居ながらにして視聴することもできる。
これでも雰囲気は十分に看取できると思うが、やはりその場に身を置きたいところだ。
翌日は特に観光はせず、ただ一つ、これも今回の旅の狙いだった赤穂線の全線乗車を果たした上、ひたすら帰路を辿って午後七時半に自宅最寄りの茅野駅へ無事着いた。