次に訪れたのは金沢城公園である。
この公園で重要な位置を占める菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓・橋爪門へ入るのは有料とのこと、個人的には是非とも入ってみたいという気持ちは正直なかったのだけれど、兼六園など他の諸施設にも通用する「文化の森おでかけパス」というものを予め購入しておいたので、ここでも使ってみようとの思いはあった。
が、石川門から園内に入り、河北門などを眺めながらあちこち散策している内、先立つ茶屋街でのそぞろ歩きと相俟って知らぬ間に時間と体力を消費してしまったためその目論見は潰え、さらに今般の旅の主眼の一つとした庭、ここでは玉泉院丸庭園の鑑賞も、その後の予定を考えると難しそうだったことから断念せざるを得なかった。

もっとも、この後者の判断には、時間体力という要素に加え、次に赴くのが隣接する兼六園だったということも影響していた。
続けて二つの庭を観ては、それぞれの印象が混濁するのではないかとの危惧がふと心に浮かんだのである。
兼六園へは、学生時代に一度、やはり冬だったが、今回とはやや時季のずれた晩冬に訪れたことがある。
当時は雪の珍しい横浜に住んでおり、雪吊りをはじめとして一面白く覆われた景色を目にしたいとの想いがあり、幸いそれが叶ったのだが、今般の金沢にはまったく雪がなく、庭園もすっかり趣を異にしていた。
以前接した庭からは、白一色に基づく渺茫として平面的――というより幽玄な遠近感を印象されたのに対し、この度は植物の緑や紅、水の青や緑と色彩が豊かだったことに加え、それらの形態が明確に視認できたことから立体感が前面に出ると同時に庭全体が幾分コンパクト化したような印象を覚えた。

ともあれ、日本三名園の一つに数えられるのは宜なるかなとの思いはやはり変わらず、これは誰もが持つに違いあるまい。
またバスの乗客となり、にし茶屋街へ。
路線図を参照して広小路バス停で下車したが、ここでも目指す茶屋街はどちらなのか判然とせず、しばらくうろうろして漸く辿り着いた。
主計町と同様、ごく小さな茶屋街ではあるものの、観光客がほとんどおらずその静かな佇まいはなかなかよかった。

この日最後の目当ては長町武家屋敷跡、特に野村家で、そこまではバスの停留所で数えれば二つのみ、歩けないことはないけれど、ちょうどバスのやって来るのが見え、フリー乗車券を持ってもいるので渡りに船と乗り込んだ。
長町武家屋敷跡の最寄り停留所である香林坊で間違いなく降りたのはいいが、例によって観光マップからは目当ての場所までの道を見出せなかった。
グーグルマップの助けを借りた末、ほんの300mほど歩いて辿り着くと、ちょうど海外からの団体客で窓口が混雑していたものの、ここも文化の森おでかけパスが使えたので素通りして入館。
屋敷内にも先客が少なくなく、さらに先の団体も入館してきたため初めは落ち着いた拝観とはいかなかったけれども、閑寂な庭の重要な一部を成す池に泳いだり佇んだりしている鯉を暫く眺めている内、不思議と一挙に人の姿が消え、ほとんど自分独りの静寂に浸りながら改めて屋敷の造りや設えられた調度などを鑑賞することができるようになった。

ここを辞去した時の満ち足りた気分を考えれば、550円という入館料は決して高くない。
あとは長町武家屋敷跡を散策しながら今般の宿へ入るだけだ。
ただ、主計町・にし両茶屋街同様、ここも武家屋敷らしい建物はそれほど多くないので、野村家の係員からこれを聞いていなかったら見過ごしてしまったかもしれない。
しかしながら、観光のための徒な拡張などは企てるべきでなかろう。