三日目は列車を乗り継いで帯広を目指す。
しかし、基本的に特急には乗車できない旅ゆえ乗り継ぎの効率が悪く、夕方の適当な頃合いに帯広駅に着くには千歳駅11時35分発の石勝線列車に乗ることだけが肝で、これに間に合えば小樽を早く出ようが遅くなろうが関係なかった。
そこで前日にやや不首尾に終わってしまった小樽観光をもう一度やり直すべく、上を満たす最適解として見出したのは、10時17分小樽駅発快速エアポートの利用である。
この日も早く、6時になる前に起床し、宿へ来る途中のコープで買ったかにめし(その二)で朝食を済ませ、7時過ぎにそこを後にした。
前日は運河を目にしただけだったので、今日は町並みを眺めてみようと、先ず石造りの古い建物の並ぶ境町通りへ向けて凍結した雪道を慎重に辿る。
日中は観光客で雑踏するに違いない通りも、さすがにこの時間にはその姿はほとんど見えず、通勤通学らしい人に時折出会うだけである。
混雑していないと有難味を感じない――という向きには不満かもしれないが、個人的には静かに佇む趣きある建物、延いてはそれらの織り成す町並みのまいに身を置けたのは格好のシチュエーションだった。

些かの残念と言えば、時刻が早過ぎてどの建物も扉を閉ざしており、本来なら冷やかしてみたい店などに入れなかったことだろう。
境町通りを一渡り歩いた後、もう一度見ておこうと運河へ。
昨夕溢れていた人の群れはまだ各々の塒で微睡んでいるのだろう、ここもその時とは大きく異なる表情で迎えてくれた。
これに応えようという意識もあり、運河のほとんど端から端まで歩き、かつその途中で一度逸れて小樽港を眺めるにも少時を費やした。
こうして一応の留飲を下げ、少し早いが小樽駅へ足を向けるとほぼ同時にそれまでちらほらと落ちていた雪が突然本降りとなり、駅へ着いた時には全身真っ白になってしまっていた。
その雪を払い落とし、冷えた身体を温めようと自動販売機で熱いココアを買って新千歳空港・岩見沢方面の発車標を見上げると、間もなく江別行き列車が出る。
これから何が起こるかわからない、できるだけ先へ進んでおいた方がいいのではないか――との考えがふと頭に浮かび、反射的にこれに乗車。
発車して間もなく、車窓に寒々しい姿の石狩湾が現われ、それに心に惹かれるまま暫し見詰めた。

札幌で下車し、本来は小樽から乗る予定だった列車を待ってこれに乗り継ぎ千歳駅へ。
既に入線していた同駅始発の石勝線新夕張行単行列車へ急いだものの、車内は拍子抜けするほど閑散としており、四人掛けボックスシートの窓側、進行方向に向いた席に腰を落ち着けることができた。
もっとも、空いていたのはちょうどその時間帯だったからかもしれない。
当方の一足先に、大きなスーツケースを転して乗り込んだ兄ちゃんがいたのだけれど、まさか以後三日に亘ってほとんど同じ列車に乗り合わせることになるとは、この時点では思いもしなかった。
ほぼ一時間の乗車の後、新夕張駅に到着。
ここから新得までは、北海道&東日本パスの特例である特急列車の普通車自由席等を利用すべく、「おおぞら」の到着を待つ。
それまでの一時間半で昼食を摂ろうと、駅を出て静かな町をぶらぶら歩いている内に見つけた栗下食堂へ入り、天たまそばを注文。
これはこれで美味かったのだが、今もメニューにあるカレーそばが、かつて炭鉱で働く男たちに好まれた当地の名物だということを後で知り、こちらにすれば良かったかと少し悔いた。
入線して来た特急おおぞらの自由席車両はほぼ満席、辛うじて見つけた一隅に座を占めたものの、車窓を眺めることはほとんどできないまま暫し過ごすこととなった。

が、次のトマム駅で大勢が降りて通路を挟んだ二席が空いたため、隣の人に礼を言ってその窓際へ移った。
それにしても、特急の速度では近景の流れが早過ぎてすぐに目が疲れてしまう。
動体視力の衰えのせいだろうか。
新得駅に着いたのが16時過ぎ、ここで同駅始発の根室本線に乗り継ぐが、それまでに30分ほどあるので改札を出てみた。
駅前に立ってぐるりと眺めた時、ここは山田洋次監督が高倉健を主演として撮った「幸福の黄色いハンカチ」の舞台の一つであることを思い出した。
映画のシーンは駅へと向かう健さんを武田鉄矢と桃井かおりが見送り呼び戻すところで、駅舎はその後改築され、町並みも少なからず変わっていると思われるが、今回目にした逆視線からの光景がその場面とごく自然に重なり合うのは不思議だった。

新得から帯広まではほぼ一時間、列車は日が沈み夜の帳もすっかり下りた帯広駅に着いた。
ホームに立って見渡しても、千歳駅から図らずも目にし続けたスーツケースはなく、同道はここまでで済んだかと思ったのだけれど……
帯広では豚丼(ぶたどん)が名物だという。
しかし昔北海道を回った時にはそんなことを意識した覚えはなく、当時の旅行ガイドを開いてみてもやはりそのような記載は見当たらない。
ではそのルーツはどこにあるのだろうとちょっと調べたところ、1933(昭和8)年に大衆食堂「ぱんちょう」創業者の阿部秀司氏の考案になるとのこと。
これが脈々と受け継がれ、やがて一種の地域おこしとして喧伝されるようになって、ここ数十年(?)の間に成功裡に定着したのだろう。
ともあれなかなか美味そうなものなので、夕食はこれにしようと予め考え、現在も豚丼専門店として営業している「ぱんちょう」の暖簾を潜った。
はじめこの店名を目にした時、料理の性格からの連想もあって「ばんちょう(番長)」と読み、下手な居酒屋のように無駄に威勢がいい店だと一人旅の身には少々きついな――と思ったのだが、すぐに「ぱ」であることに気付き、さらに落ち着いた店構えに接して安心した。
そして実際に入ると、店内は明るく清潔で、流れている音楽はクラシック――私の好きなモーツァルトではなかった――と、最初の懸念とは反対方向に少々面食らってしまった。
メニューは豚丼と椀物のみ。
その豚丼には松・竹・梅・華および土産用があるが、前四種の区分けは質ではなく肉の分量によるもので、また通例とは逆に松が最も低位に置かれている。
当方は竹となめこ椀を選択、まだ夕食時にはやや早かったためだろう、先客が数組いたもののそれほど待つことなく注文したものが運ばれてきた。
見た目は申し分なく、口にするとその期待に違わない味、丼物ということもありあッという間に完食してしまった。
周りの様子を見てもまったく同様で、皆短時間に食事を終え、会計を済ませて退店する。
これだけ回転が速いと売り上げもなかなかだろう――と要らぬことにも感心しながら、満ちたりた気分でこちらも店を出た。
この日の宿は楽天トラベルから予約した「アパホテル<帯広駅前>」である。
クーポンを利用して一泊素泊まり4000円強だったが、部屋の広さをはじめ清潔度や備品、フロントの対応などからすれば正に破格。
シャワーのみの前二泊とはやはり異なり、ユニットバスながら湯舟に浸かると心身共にそれまでの疲れは大いに癒され、さらに広いベッドでゆっくりと眠って、少々萎み気味だった旅に対する鋭気が翌朝にはすっかり回復していた。