旅の六日目は、まず北見から石北本線で旭川へ、そこから宗谷本線を二本乗り継ぎ音威子府に至り、ここで宿泊の予定である。
その旭川へ向かう朝の普通列車としては八時台と十時台のものがあったが、どちらも音威子府に着くのは同じ、前者なら旭川で二時間ほど過ごせるものの、些か中途半端な感を否めず、それならゆっくりと発つのもいいだろうと遅い方を選択した。
九時頃に宿をチェックアウトし、近くの北見稲荷神社を参拝、そこから駅までの途次にあった、雪に覆われて誰もいない中央公園の築山に上って町並みを一望した後、まだ少し早いけれど北見駅へ向かった。
北海道に入ってから、改札口が常に開いているのではなく、列車の出る時刻に対し適当な頃合いになってから改札の開始される駅がほとんどだったが、ここ北見駅もその例に漏れず、発車予定時刻の十分ほど前になってその旨のアナウンスが流れたので待合室を出て改札待ちの列に並んだ。
すぐ前に重そうなスーツケースを引いた若い女性、そういえば三日間同じ列車に乗り合わせた例の兄ちゃんは昨日釧路駅に着いたところでやっとさよならとなったっけ……などと思いながら改札を通り、列車の停まっているホームへの跨線橋に差し掛かると、お嬢さんがスーツケースを引き上げるのに四苦八苦している。
別に急ぐ必要もないので、一声かけて運び上げてやり、ホームまで下ろすのは大丈夫だろうと一度は思ったものの、それも結構辛そうだったので物の序でに列車内まで運搬してあげた。
礼一言でハイさよなら――では失礼と思ったのだろう、二両編成ということもあり難なく座ることのできた四人掛けボックスシートの斜向かいに相席してくれ、以後旭川までの三時間強は、この手の旅ではなかなかない、華やかな道程となった。
いつものように車窓を眺めながらこれはと思う景色を写真に収めることはあまりできなかったが、これを悔やむのほどの野暮ではない。

前々日の厚内駅でその存在に気付いた同道人士は、この路線でも依然として健在、相変わらず駅名標の撮影に勤しんでござって、実はあの人とは――と姉さんに話すと、その今風の綺麗な顔に驚きとも呆れともいった色を浮かべて笑った。
遠軽駅で列車はスイッチバックし、久しぶりに進行方向に背を向けでの車窓を眺めることとなったが、これも決して悪くなかったのはちょっとした発見だった。
午後二時前に旭川に到着。
席を立ちながら、もし階段があったらまたスーツケースを運んであげますよ――と申し出たが、生憎(?)列車を降りたすぐ近くにエスカレータが動いており、次に乗る列車も(遺憾ながら?)ホームの反対側に既に待機していたことから、旅の短い一場は幕を閉じた。
もしこれが予定のない旅だったら……とふと胸に浮かんだ思いを味わいつつ、名寄へ向かった。

一時間半の乗車でこの列車の終点名寄駅に着いた。
次に乗る列車の出るまで一時間と少しあったので、駅から線路に垂直に真っ直ぐ延びる道を、適当な所まで行ってみようと歩き出し、やがて目に入ったドラッグストアで食料を少し調達して踝を返した。
あとで地図を確認して、この町も道が碁盤目状に敷かれていることを知った。
名寄駅の待合室で時間を潰していると、旭川方面への特急列車が鹿を撥ねて遅れているとのアナウンス。
このような事故は北海道では多発しているらしく、今回の旅でも以後何度か、直接大きな影響を蒙りはしなかったものの遭遇することになった。

当方の乗る同駅始発の宗谷本線音威子府行列車は定刻通り十六時半過ぎに発車し、その車窓に逢魔が時の天塩川の風景を映しつつ進行して、17時40分に終点音威子府駅に辿り着いた。

例の駅名標氏とは、ここで漸く袂を分かつこととなった。
当日の宿は駅から歩いてすぐの「ゲストハウス イケレ」。
宿泊施設は近隣には見当たらないものの、ここに一夜を過ごす旅行者も多いとは考えにくく、もしかしたら今夜の泊まり客は自分独りかもしれない……と思いながら引き戸を開けると、スタッフらしからぬ青年が玄関にいた上、奥からがやがやとした話し声も聞こえてきた。
その青年に宿の人はどこかと尋ね、教えられたドアを開くとそこは食堂、住み込みのアルバイトらしいやはり若い人が応対してくれ、クロスカントリーの大会があってそれに出場する大学生の選手が十人ほど宿泊しているという話だった。
続いて案内された部屋は、さすがに選手団とは別、四つ置かれた一段ベッドの一つを割り当てられた後、同室となる人から声を掛けられた。
彼も数年前までは選手として度々ここへ来ていたが、今は引退して大会の広報的な仕事をしているとのことで、お互いに長野県在住ということもわかって暫し会話を交わした。
このようにベッドが平置きされた部屋だと、自然と言葉のやり取りが生じる。
この宿では、かつて広く――というより一部に深く知られながら既に駅売りは途絶えてしまった音威子府蕎麦を食すことができるらしい。
そこで事前に、これを夕食に出して貰えるかとメールで問うたのに、待てど暮らせど返答がなかったため、業を煮やして前々日に電話をかけた。
きっと、地方の小さな宿ではよくある不愛想な主人がやっているのだろうと思ったのだけれど、意外にも愛想のよい声が聞こえてきて、承知の上お待ちしているとの応え。
メールでのやり取りが億劫なら、サイトなどにアドレスを表示しない方がいいのに……
ともあれ夕食として天ぷら蕎麦を頼み、学生諸君の食事の前に済ませてしまうことにした。
出されたのは音に聞く真っ黒い蕎麦で、素朴な中に繊細な風味も感じられて美味かった。
載っていた天ぷらが「どん兵衛」のものだったのはご愛嬌というところか。