七日目、観光を含むのは今日が最後で、なかなか大変な一日となる。
朝四時半に起床して、同室の人の睡眠を妨げないよう身支度をし、階下の食堂で前日に名寄のドラッグストアで用意しておいた軽い朝食を済ませると五時過ぎ、まだ少し早かったけれど、静かに宿を後にして音威子府駅へ向かった。
この日のトップランナーとなるのは5:35音威子府駅始発稚内行列車だ。
駅舎内に設けられた、宗谷本線と今は無き天北線の資料室や、うっすらと東の空が明るみ始めた風景などを眺めながらこれを待ったが、発車予定時刻が近づいても列車が入線してこない。

何かあったのだろうかと思っていたところ、先にも書いた鹿との接触が発生して少々遅延しているとのアナウンスがあり、どうやら大事ではなさそうだと安心すると間もなく列車が姿を現した。
これに乗り込んだのは私の他に一人。
この時季この時刻この駅から乗車する者はさすがに少ないようで、前の日に目にした黄昏との対比として天塩川の払暁風景を見るに好適な座席に腰を落ち着け、その目論見を存分に果たすことができた。

時間が経ち列車が進むにつれ、地元の人がぽつぽつと乗車してきて、なかなか風情ある道程に。
ただ、車窓から利尻島や礼文島を見ることができればとの願いは、暗い雲に閉ざされた空の下では叶わなかった。
せめてとの思いで注視し、何とか日本海の一景を拝めたのをもって良しとすべきだろう。

稚内へ来た目当ては、宗谷本線の乗車とノシャップ岬に立つことである。
本来なら最北の地である宗谷岬を是非訪れたいところだが、旅程の都合であいにく断念せざるを得ず、ノシャップ岬にその代役を願ったのだ。
駅を出て予め調べておいたバス停で待ってつこと暫し、少し遅れて廻って来たバスに乗ることニ十分ほどでノシャップ停留所に着き、そこから500mほど歩いて目的地へ着いた――ことは着いたものの、その徒歩の苦しかったこと。
旅の初め、函館と小樽でも海の強風に苛まれたが、ここ稚内でのそれに比べたらそよ風のようなもの。
特にノシャップ岬の展望広場に吹く風は、真っ直ぐに立っていられないほどで、もし丈夫な傘をしっかり握って離さなかったとしたら、誇張でなく吹き飛ばされてしまうと思われた。
しかしながら、風によろめきながら撮った写真にはその凄まじさがほとんど出ていない。
不思議だ。

かつて学生時代にここへも一度来たことがあるけれども、その時は夏で、夕日に至極穏やかに輝く海が眼前に展開しており、辺りには食事処や売店が多くの客足を引き留めていたものだが、今回は海が上の通りだったのに加え、観光客相手の店もどこも扉を閉ざしていた。
岬にいた先客は二人だけで、それも私と入れ替わるように去ってしまい、後続の人影も見なかったことを考えれば当然かもしれない。
しかし、この冬のオホーツクは訪れる価値大なること間違いない。

十分ほどノシャップ岬で耐えてバス乗り場へ戻ると、折よく稚内駅へ行くバスが待機していたのでそれに乗り込んだ。
途中、稚内港北防波堤ドームが見えた際、下車してそこまで――という気持ちも起こったのだけれど、暴風の運ぶ冷たい雨と波しぶきを浴びた身を案じて自重した。
駅で待つこと暫し、ほぼ十時半に列車は発車し、稚内での我が短い滞在は幕を下ろした。
この列車は名寄行きである。
幌延で十分と少し、今朝発ってきた音威子府でも少時停車したあとはほぼタッチ&ゴーで、終点名寄に十四時半前に到着。
この間にも一度、鹿との接触を避けるために急ブレーキがかかった。
名寄で三十分弱待って同駅始発の旭川行快速列車に乗り継いだが、先の花咲線での往復とは趣向を変え、宗谷本線では行きも帰りも天塩川を、加えて趣のある駅舎を眺めながら辿った。

旭川駅でもニ十分ほどの待ちがあったので、少し口にするものでもと買い物がてら構内を歩いてみたところ、午後四時という時間の関係もあったのかほとんど人の姿がなく、駅の大きさとの対照からひどく閑散とした印象を受けた。
次に乗る岩見沢行列車は、これまで世話になったような一両二両の編成ではなく、その乗客となった時、今般の北海道旅行も終わりになるのだとの感慨が胸に湧いた。
岩見沢でさらに列車を乗り継ぎ、最終宿泊地札幌に着いたのは十九時前。
地下鉄に乗り換えて宿の最寄り駅すすきで下り、折角の機会なのでラーメン横丁へ。
夕食時ということもありどこも待ち行列ができていたが、「一角」という店の前で、四人連れに対し空席が三つだけ、一人を除け者にするのはさすがに――という状況に陥っているのを目にして声を掛けたら、その一席を譲ってくれた。
聞くと名古屋から来た学生で、長い休み毎に友人同士で旅行しているとの話に、昔の自分の姿が自然と重なった。
注文した海老味噌ラーメンは、豚・鶏・海老でだしを取ったものらしく、その海老の風味が仄かに、しかし細い麺によく絡んでしっかりと感じられなかなか美味かった。
そこからこの日泊まる「The Stay Sapporo」(その後、GRAND HOSTEL LDK 札幌に名称変更)まで徒歩で数分、エレベータでフロントへ上がって少々遅いチェックインを済ませた。
当夜過ごしたのは、上部に空きのある半個室キャビンだったが、上のrebrandに伴い、このタイプの部屋はなくなりドミトリーと個室に再編されたらしい。
ともあれ狭いながらも必要最小限の設備はきちんと整ったスペースで旅の最後の一夜を過ごし、翌朝はたっぷりのチーズと厚手のハムを挟んだホットサンドの朝食を摂るとともに、淹れたてのコーヒーを飲み、充実した気分でチェックアウトした。
帰路はまず地下鉄とJR千歳線で新千歳空港へ、そこで実に二十年ぶりに飛行機の乗客となって成田空港に着いたのが午後一時前、そこからがまだまだ長く、空港第2ビル駅まで歩いて成田線の快速列車を捕まえ、東京駅で中央線へ、高尾駅で中央本線に乗り換え乗り継いで、ほぼ午後七時、自宅最寄り駅の茅野に漸く辿り着いた。
これらJR線の乗車に使ったのは、有効期限に一日を残しておいた北海道&東日本パスである。