シンガポール・チャンギ国際空港へ向かうフライトの出発は夕方、しかし我が家からは成田空港までがまたちょっとした旅行なので、朝8時前に家を出た。
このフライトについても、事前に気になる出来事があった。
ZIPAIRで使われる機種であるボーイング787がインドで墜落事故を起こし、その原因として機体の設計製造上の問題が取り沙汰されたのである。
しかしその後、真の原因は人為的ミスとの結論が出され、無論これも看過するわけにはいかないとはいえ、不安懸念は大きく軽減された。
シンガポールまでは6時間超、これを考えるとトイレに立つ可能性が大きく、席は通路側にとりたい。
飛行機の座席配置は通路2つを挟んで3列シートが三つ並ぶ形なので、座席指定をせずにそれが実現する確率は4/9、運を天に任せるべきか追加料金を払って希望の席を確保すべきか少々迷ったが、最後部座席については300円で指定できるというので、試しにこれを利用してみた。
試しに――などと書いたのは、位置的にすぐ後ろが隔壁のため、「リクライニング幅が小さい座席」だからである。
実際にその席で6時間あまりを過ごした個人的な感想を言えば、特に苦痛は感じなかったし、人気のない席ゆえ隣が空いていたので気分的にゆったりできて悪くはなかった。
もっとも、背凭れはほんの1, 2cm動くだけなので、しっかり睡眠を摂っておきたい場合にはやはり適さないように思う。
これはほとんどのフライトで起こることだろう、搭乗手続き開始の遅れは少しあったものの、その後の飛行は順調で現地時刻23:00、定刻にチャンギ国際空港に到着した。
シンガポールを訪れるのは初めてのことである。
すぐ翌朝にはマレーシアへ抜ける予定、物価の高いことで有名な都市で数時間の滞在のために宿を取るのも勿体ない。
加えて知らない街を夜更けに移動するのもどうかと思ったので、空港で一夜を明かすことにした。
チャンギが世界でも有数の不夜空港と言われ、トランジットなどで時間を過ごす客のために仮眠に適したソファーが多数用意されているとの情報にも大きく促されてのことである。
が、ここで大きな失策をやらかしてしまった。
クレジットカードの付帯サービスの一つとして空港ラウンジを利用できるということから、これを活かそうとの考えが祟ったのだ。
言うまでもなく、ほとんどのラウンジは搭乗待ち客のためのものである。
しかしチャンギ空港には、到着した客の利用できる珍しいラウンジがあることを事前に調べて知り、ここを目指したのだが、いざ辿り着いてみるとドアは閉ざされ照明も消えている。
おや、と思って改めてラウンジの説明を見直したら、何と夜間は営業していないのだ。
なぜこんな基本的なことを見落としたのかと大きな落胆を覚えながらも、それなら空港のソファーで――と気持ちを切り替えたのはいいが、ここでまた重大な事実に気付いた。
居心地の良い、仮眠にも適したソファーの在り処は制限エリア内で、我が身は既にそこから出てしまっているのである。
実際、周囲を見回しても目に入るのはどれも硬い木の座板の椅子で、座ってみるとごく短時間の待ちのために用意されているものであることがすぐにわかった。
しかもエリアの性格上、そこは人の数が多く動きも激しく、眠ることなどとてもできそうもない。
物陰の床に身を横たえている姿も見られたけれど、それを真似る気にはならなかった。
さてどうしたものかと思いながらあちこち歩きまわっているうち、展望エリアといった文字の書かれた案内板が目に入ってそこへ行ってみたところ、椅子は同じながら人は少なく静かだったことから、ここが今夜の仮の宿と観念して腰を下ろして目を瞑った。