マラッカには二泊するつもりで、「Vintage Inn」というゲストハウスを予約してあった。
その予約の際、旅行サイトのGoogleマップ上に表示された所在地を確認するとともに、万一の場合を考えて念のため画像をスクリーンショットで取得しておいたが、SIMカードの問題でスマートフォンがオフラインとなってしまったため、早速役立つこととなってしまった。
オフラインでGoogleマップを使ってみて、粗い地図は表示され、また現在位置もそこに示されることはわかったものの、検索はやはりできない。
後で知ったが、Googleマップには「オフラインマップ」なる機能があり、事前に地図データをダウンロードしておけば通信なしでもかなり使えるようだ。
ともあれ地図画像を参照しながら、先の記事に書いた通りマラッカ川に沿って宿のあるという地点へ向かって歩くこと約15分、そこへ着いてみたら、マレーシアの定番デザートであるチェンドルの店があるだけで宿らしきものは見当たらない。

ゲストハウスには飲食店などの奥に入り口のあるケースも珍しくはないので、調理に忙しそうにしている店員に悪いとは思いながら聞いてみたがやはり違うと言う。
ではこの「Vintage Inn」というのはどこにあるのかと尋ねたところ、この辺りの建物は多くがVintageなので分からないとのこと。
それならと所番地を見せたら、向こうの方と指さし、でもかなり離れていると教えられた。
何とも漠然とした教示ながら他に当てもないのでそちらの方へ歩き出し、これも取得しておいた宿の画像に相当する建物はないかと目を凝らしてしばらく彷徨ったけれど、見つからない。
途方に暮れて道行く人を捕まえ、先と同じことを尋ねると、今度も「あっちの方」との答えである。
しかしそれに従ってもやはり駄目でまた別の人に聞く――ということを何度繰り返しただろう。
気が付くといつの間にか最初の目当てとは大きく離れたインド人街、リトルインディアへ来ており、咽喉が酷く渇いたので小さなコンビニ風の店に入り飲料を購入、ついでにレジの若い姉さんに、既に期待も失せほとんど惰性で「こんな宿はご存じないか」と尋ねたら、初めて「この先の交差点を左に折れ、すぐまた左折して戻る感じで××mほど進むと……」といった明確な答えが返って来た。
これと咽喉の潤ったのとに力を得、今度こそはと意識してしっかり脚を運んだところ、画像通りの建物が見え、正しくそこがこの日の宿だった。
チェックイン開始直後に入るつもりが、時刻は既にそれより二時間ほど進んでいた。
こちらが土地に不案内な上、言葉が十分に通じなかったこともあったには違いないにせよ、どうも向こうの人ははっきり知見のないような質問にも分かったつもりで答えてくれたような気がする。
けれどこれを有難迷惑といってしまうのは不躾というもの。
曲がりなりにもそのお陰で目的地に辿り着けたのだから。
昨夜そして今日とさまざまな失敗・トラブルに見舞われ心身共に疲れていたため、観光は翌日以降として早めに夕食を摂ることにした。
この旅では、いわゆるツーリストレストランやファーストフードへは極力入らず、地元の人が日常的に利用する食堂や屋台で食事をしようとの方針を――などと大袈裟なことではなく、単にそうしたいと考えた。
そんな食事処はないかと宿の近辺を歩いていると、道端にテーブルを並べた、打って付けともいえる薄ぎたな――趣きのある店に行き当たり、掲げられているメニューも申し分ない。
ただ、夕食にはまだ早いと思われるにも関わらず結構混雑しており、台湾旅行でもそうだったが異邦人が一人でそこへ入るのはどうも気が引け、結局遣り過ごしてしまった。
こうなるとそれ以上探索する気にはならず、潔く宿へ――というのは、その建物の地階にタイ料理の店があり、他により良いところがなかったらここへ、と前もって考えていたのである。
注文したのは鶏肉の炒め物とライス、合わせて10.5リンギット。
上に挙げた道端の店に比べれば高いものの、ここも地元民ご用達であることは間違いないだろう。
味も悪くなかったが、spicyを頼んだらとんでもなく辛かったので、以後、これは避けることにした。
翌朝、目が覚めてすぐ、理由や根拠は何らないものの、もしかしたらという気がしてスマートフォンを起動してみたところ、何故かSIMカード経由でネットへアクセスできるようになっていた。
前夜、カードに生じている問題について購入先に連絡し、そこから業者に問い合わせるとの返答は得ており、その結果かどうかは定かでないが、ともかく無事問題が解決してほっと胸を撫で下ろした。
この対応には概ね満足だが、「ネットへアクセスできなかったのは通信量が一日の規定上限を越えたためではないか」と、責がこちらにあるかのような文言を書いてきたのは無用のことである。
そもそも通信できないのに上限を越えるはずはなく、その証となる画面のスクリーンショットを送ってやんわりと窘めてやった。
昨日新たに買い直さなかったのは正解だったわけだ。
この日は前日とは異なり生憎空模様が怪しかった。
しかし雲は厚くなく切れ目からは青空も覗いていたので、何とか持つだろうと踏んで宿を出た。
元々遠出するつもりはなく、昨日辿ったのとほぼ同じ川に沿った道筋、ただし川の反対側を、建物を眺めながらオランダ広場に向かったぶらぶらと歩き、途中でジョンカーストリートへ行くべく道を折れた。
観光名所らしく土産物屋が軒を連ねる通りを進んで行くと、何かを買い求めようという気のなくあれこれ物色しない身はすぐにオランダ広場へ行きついてしまった。

ここは昨日一渡り眺めたけれど、時間帯も空の色も違いまた別の表情が感じられたので、しばらく歩いたり適当な場所に腰を下ろしたりして時間を過ごした。
よく言えば見所の集中している場所ゆえ、終日ここにいても正直飽きてしまいそうだし、空も暗くなってきたことから、一旦宿へ戻ることにした。
途中、かなりの老舗らしい、しかし高級店ではない当方にとっては理想的なワンタン麺の店があったので、少し早かったが昼食を摂ることにした。
メニューはワンタン麺のみ、汁ありとなし、量の大中小のそれぞれいずれかを選ぶだけのシンプルなもので、汁ありの中サイズを注文した。
麺とワンタン、別々の器で出されるのがなかなか珍しく、口にしてみるとどちらも逸品、これで確か7リンギットだった。

食事をしている内に雨がぱらぱらと来て間もなく本降りとなったため、しばらくそこで雨宿りをし、降りの弱まったのを機に宿へ戻った。
宿には無料で使える洗濯機と乾燥機があったので、まだ溜まってはいなかったが衣類を洗い、しばし昼寝。
身体を休めた後、天気が回復したこともあって午後四時半頃に再び観光へ出て、この時はリトルインディアの方へ回ってまたオランダ広場を目指したが、マラッカはどの道も酷く曲がりくねっているため知らぬ間にあらぬ方向へ進んでいることが多く、何度も進路修正を要した。
もっとも、これはこれでちょっとした愉しみである。
スタダイスのテラスに上がって広場を俯瞰したり、けばけばしく飾り立てただけでは飽き足らないのか音楽を喧しく鳴らしながら走るトライショーや観光に勤しむ人々をぼんやり眺めたりして日の没するのを待ち、さてジョンカー夜市を冷やかしながら戻ろうと足を運んだが、屋台などはあまり出ておらず些か拍子抜け。

時間がまだ早すぎたのか、何か特別な理由があったのか、それともこれがいつものことなのかはわからない。