ジョホールバル―クアラルンプール間の鉄路を端折って全線完乗を果たせなくなったこと、および所要時間の関係から、タイ南部を鉄道で縦断してバンコクに至ることは断念。
この地域に点在する魅力的なビーチリゾートはいずれ訪れることにして、ペナン島から直接空路でバンコクへ飛ぶことにした。
ジョージタウンに位置する宿からペナン国際空港までは20kmほどあり、当初はバスを利用するつもりでいたが、風邪を引いて重い荷物を背にバス停まで歩いたりするのは辛い。
また9時半発のフライトは一応国際線なので早めに空港へ着く必要があり、バスでは朝のラッシュに巻き込まれて大幅な遅延を来たす恐れがあることから、日本でアプリをスマートフォンにインストールしアカウントを登録しておいた配車サービスのGrabで車を呼ぶことにした。
初めてのことで少し不安だったが、実際に使ってみると確かに極めて便利で、その後の旅でも何度となく利用することとなった。
因みにこの時の料金は800円ほどだった。
フライトまでは時間があったし、リンギットが少し残ってもいたので、搭乗エリアのレストランでPorridge(粥)を注文し、宿で軽く済ませただけの朝食を補った。
搭乗開始のアナウンスを聞き、搭乗券を提示してゲートを通過、前の客に続いて飛行機へ向かおうとしたら、あちらの窓口へ向かえと指示され、言われた通りにしたところ、バンコクでの滞在日数など、入国審査のようなことを質された。
不思議に思っていると、後ろに赤いパスポートを手にした人がついていた。
どうも日本人に対して課された手続らしいが、あれはいったい何だったのだろう。
搭乗したのはマレーシア航空のLCCであるファイアフライ(Firefly)のボーイング737-800。
追って利用したLCCとは異なり、客室乗務員はすべて明るく親切なstewardessだったので、わずか二時間で降機したのが惜しいような気がした。

到着地はスワンナプーム国際空港である。
改めて言うまでもなく、ここバンコクは東南アジア最大の観光地の一つだが、大都市にはあまり惹かれない身ゆえ単に通過するだけとし、まっすぐ宿泊地として選んだ田舎町カンチャナブリへ向かう。
シンガポールで手にし、マレーシアで本来可能なはずのローミングが効かずに困ったSIMカードは、タイでは無事に使用できることを確認。
しかしタイ・バーツの手持ちがないのでまず両替しようとしたのだが、到着したフロアのATMと窓口で確認すると非常にレートが悪い。
そこで急遽ネットで調べたところ、空港の地階(B階)、これから乗るエアポートリンク(Airport Rail Link = ARL)のスワンナプーム空港駅近くにレートのよい両替店が並んでいるとの情報があり、行ってみると確かにその通りだったので、ここで必要と思われるタイバーツを入手した。
カンチャナブリへはそのALRで先ずマッカサン駅まで行き、MRTブルーラインへ乗り換えてバンクンノン駅へ、そこからタイ国鉄の列車の出るトンブリ駅へは徒歩で――と考えていたのだけれど、バンクンノン駅を出てさてトンブリ駅はどちらの方向だろうと思案を始めるのとほぼ同時に、一種の乗り合い自動車であるソンテウが目の前に停まって乗客を降ろしたので、「これはトンブリ駅へ行きますか」と運転手に聞くと「唯」との応え、これ幸いと乗り込んだ。
隣になった高校生らしい女の子に、先ほどの両替で渡された硬貨の種別を尋ねているうち目指す駅が目に入り、乗る前のやり取りがあったのでそこで停車してくれた。
運賃は8バーツ、上手く捕まえられればこれも便利で安い交通手段とわかり、Grab同様その後何度か利用した。
トンブリ駅から乗車するのは事前予約のできない普通列車だったため、窓口で切符を購入。
この時点での料金は、外国人がカンチャナブリを含む区間を乗車する場合一律100バーツだった。
トンブリからカンチャナブリまでは約117km、日本の列車の料金に比べれば安いけれども、現地の相場からするとかなり高いことを、後に実感した。
列車は既に入線していたので早速乗り込んで座席を確保し、発車まで少し時間があったので駅前のマーケットで25バーツの鶏肉弁当を買い、車内に戻って昼食とした。

乗客の割合は現地の人と外国人観光客が半々といった印象だった。
この列車は、贔屓目に見れば重厚、悪く言えば鈍重、相当な年代物らしく、実際最初に目を付けて座ったシートは土台が壊れており傾いてしまった。

しかし走りだすとこれが思いの外速く、冷房などもちろん具えていないのだが、ガラスの入っていない完全開放式の窓(と初め思った)から吹き込む風が肌寒いほどだった。
トンブリ駅を発車してどれくらい経った頃か、車窓に広がる景色が暗くなったかと思うと、間もなく土砂降りの雨。

タイのスコールか、これもまた一興――と言いたいところだが、上に書いたような窓から雨が容赦なく吹き込み、見る見るうちに自分の身はもちろん車内も水浸しだ。
このまま雨の止むのを待つほかないのだろうかと呆然、が、ふと辺りを見回すとあちこちで窓枠の下部からガラスや鎧戸様のシェードを引き上げている。
それを真似てみると、結構重い上、引き上げたガラスをどう固定するのかわからず暫し困ったが、外側へ押し付けるようにしたところ何とか止めることができた。
こうして人心地がついてふと見ると、通路を挟んだシートに一人座っている女性が同じように苦労していたのでその窓も閉めてあげたら、今ではあまりしなくなったと聞く胸の前で両手を合わせる感謝の礼を受けた。
雨はやはり一過性で長くは続かず、今度は冷房のない車内が急激に蒸し暑くなり、先ほどとは逆の手順で窓を開けた。
カンチャナブリに着いたのは夕方、ここで上の女性を含めて大半の乗客が降りた。