アユタヤの次の目的地としてはチェンマイを選定した。
ここへ陸路で向かおうとすると、列車バスともに速いものでもおおよそ10時間を要し些かきつく、片や飛行機で一気にというのは味気ない。
そこで、陸路を採るが地理的にも交通の点でも両者のほぼ中間に位置するピッサヌロークに宿泊して仕切り直しすることにした。
ピッサヌロークはスコータイ時代の首都であり、またアユタヤ王朝時にも重きを置かれた歴史ある都市ということだが、観光地としての知名度はあまり高くないのではないかと思う。
かく言う当方も、上のような旅のプランニングにおいて初めてその名に接した。
しかし、ここにはタイで最も美しいとされる仏像があるという。
さらに、タイ族最初の独立国家の遺跡により名立たる観光地であるスコータイを訪れるにも好個の位置にある。
これを知るに及んで、それならスコータイまで足を伸ばしてみようかとの気持ちが湧き、となると一泊では旅程がタイトになり過ぎて難しい。
そんなこんなで、初めは単なる中継地と考えたピッサヌロークに二泊することにした。
また、交通手段は特急列車を選択し、事前にタイ国鉄のウェブサイトから予約を入れておいた。
アユタヤの宿を9時にチェックアウトし、徒歩で駅へ向かう。
パーサック川に沿う道は迷う余地もなかったが、駅のある対岸へ渡る舟の乗り場への道が見つからず、何度か行きつ戻りつした末、通りがかった人に聞いてやっとわかった。
バンコクという首都と名立たる観光地を結ぶ路線とあって、列車は満席でアユタヤ駅を発車した。
午後一時過ぎ、三時間強でピッサヌロークに着いたが、その前、間もなく到着の車内アナウンスが流れると同時に車両の前方から大勢の乗客がぞろぞろと後方の乗降口へ向かい出した。
そして皆が皆、不快そうな表情を見せていたのもさもありなん、実は前方から酷い咳の音が絶えず聞こえていたのである。
恐らく、その源泉はマスクもしていなかったに違いない。
ピッサヌロークで降りた乗客のほとんどはスコータイへ向かうようだった。
車内では何も口にしなかったし、時刻は昼食時、どこか良い食堂はないかと線路に沿って少し歩くと、駅前の外れに我が嗜好にぴったり合致する店が見えた。

そこに入って(といってもほとんど露店)、一人で切り盛りしている若い兄ちゃんにタイ風のチャーハンを頼んだが、40バーツとは思えないほど美味かった。
この食事が適当な時間調整となり、700mほどの距離を歩いて宿に着いたら、ちょうどチェックイン可能な14時になっていた。
部屋に入ると、広さ設備とも今般の旅行でこれまでに宿泊した中で一番という印象。
窓のすぐ外が高架の幹線道路で少々喧しいことを除けば、一泊1400円(どうも料金のことを言いすぎるようだ)としては満足至極である。

この居心地の良さもあり、結局スコータイへ行くのは見合わせることにした。
一泊して迎えた日の11時過ぎ、少し早いが空腹を覚えだしたため昨日と同じ店で早めの昼食を摂ることにして宿を出た。
その前に翌日に乗ろうと考えている列車の切符を手にしておこうと駅の窓口へ行ったが、当日券しか売らないとのことで果たせず。
しかし早朝6時から窓口は開くと聞いて安心した。
食堂ではシーフードカレーのようなものはあるかと尋ね、できるというのでそれを注文、野菜がもう少し欲しいところではあったけれど、味は前日同様申し分なかった。
腹を満たした後、上に書いた仏像を拝むべく、ナーン川に沿う道を歩いてこれを安置する寺院、ワット・プラ・シー・ラタナー・マハータート(ワット・ヤイ)へ向かうと、その手前にワット・ラチャブーラナがあったので先ずはこちらを参詣した。


さらにワット・ヤイに隣接しても寺院があり、どれが目当てなのかはっきりしなかったが、参詣人の多さからここだろうと推量して入ったところがやはり正解で、ご本尊プラ・プッタ・チンナラート仏は世評に違わず実に優美な御姿を拝ませてくれた。

宿への帰り道、スーパーマーケットに寄って飲料などを購入。
東南アジアへ入って初めて、久しぶりに飲んだ牛乳が非常に美味かった。
そして夕方、事前に目を付けておいた近くのロティ屋で夕食を摂ろうとまた出かけ、チキンカレー・ロティを注文。
店の親爺相手にはじめ希望を伝えるのに手古摺ったが、娘らしい女の子が現れて落着した。
二匹の可愛い猫もいた。