旅の六日目。
昨日昼食を摂ったバスターミナルの店で朝食を、と表へのドアを開けると、雨が降っていた。
宿の部屋に窓がないとこんなことも気付かない。
大した降りではなかったものの、その後どうなるかわからないので念のため傘を取りに戻って改めて出かけた。
前日と同じメンバーににこやかに迎えられ、メニューを眺めて何にしようか迷っていると、給仕係の兄ちゃんに「これがお勧め」とミーゴレンを指さされたのでそれを注文。
いうまでもなく前日食したナシゴレンと並ぶマレーシアの代表的料理の一つで、推奨通り質・量そして8リンギットという価格、すべて満足納得できるものだった。
この日はイポーから列車とフェリーでペナン島へ向かう。
列車はまたマレー鉄道のETSで、予め日本で予約しておいたが、乗り込んでみると我が番号の座席に先客がいた。
座席番号はもちろん、車両を確認しても間違いはないので、その乗客に尋ねたところ、「二人連れなのに並びの席が取れなかったのでここを譲って欲しい」と言う。
先方の席は一つ前の窓際、特性は同じだったので了承してそこに着座した。
この時は途中乗車だったが、始発駅から乗る場合でも、指定に関係なく自分らの都合のよい席に収まろうとするのが向こう――というより中国系の連中の基本的な姿勢らしく、実際、その後の道中でも同じ状況を経験した。
前日にKLセントラル駅で目にした、全席指定のETSに我先に乗り込もうとする光景は、これから生じたものだったのである。
列車の予約の際、オプションとして昼食があり、物は試しとミーゴレンを注文しておいた。
そう、朝と同じである。
続けて同じものというのはどうかという気もした半面、食べ比べてみるのも悪くないと思い直しての朝食だった。
そのミーゴレンは11時頃に渡されたが、まだ空腹は覚えず、しかも車内はほぼ満席であちこちで咳の音が聞こえていたため開くのを控えているうち、降車駅のバタワースへ着いてしまった。
ここからフェリーでペナン島へ渡る。
その乗り場は駅に接続しており、案内板と人の流れに従うこと数分でチケット売り場に着いた。
フェリーの乗船料金は2リンギット、現金は使えず、クレジットカードで支払わねばならなかった。
ただ、料金や支払い方法など、このフェリーについては状況がころころ変わるようである。
船上で過ごすこと10分と少し、海景を眺めている内にペナン島へ到着。

こちらはバスターミナルが隣接しており、多くのタクシーも客待ちをしていたけれど、宿までは1.5kmほど、バスやタクシーに乗るのに変な苦労をするのも面倒だし、歩けない距離ではないので足を踏み出した。
リトル・インディアを通り抜け、ラブ・レーン(Love lane = 愛の小路)と直交するMuntri通りへ入ってここを少し進むと、宿の紹介ページに掲載されていた家並が見え、この旅四回目の宿泊地で初めてすんなりと宿に辿り着けた。
フロントの非常に朗らかな兄ちゃんに、もうチェックインはできるかと打診したところ、まだ部屋の準備ができていないので少し待ってくれと言われたので、それを待つ間に列車内で開けなかったミーゴレンで昼食。
が、朝食に口にした同じ料理の方が圧倒的に優れている印象を禁じ得なかった。
もっとも、温かいものを車窓を眺めながら食したらその差は少し(だけだが)縮まるとは思う。
部屋は宿泊料金から考えるとかなり広い――のはいいとして、如何せん設備が古く、三つあるシャワー&トイレのうち正常に機能しているのは一つだけで、当然利用者はそこに集中するため滞在中何度か競合する羽目となった。
また、コンクリートにペンキを塗った床が濡れると極めて滑りやすい上、微妙に傾斜しているため非常に危険で、実際十分に注意していたにもかかわらず一度前のめりに転倒し、人間の急所の一つであるこめかみを強打してしまった。
その瞬間、もう旅行どころではないかもしれないとの思いが頭を過ったが、これは意識がしっかりしている証拠と気付いてまず安心したのも束の間、視界に赤いものが入ったと思ったら打ち付けた箇所からの出血が眼鏡のレンズを伝っていた。
やはりもう駄目かと恐る恐る持っていたハンカチを当てると、一瞬で真っ赤に染まったものの次から次へと溢れ出して来ることはなく、暫く抑えている内に徐々に治まり、骨折もないようだった。
これはペナン滞在二日目のことで、実はこの朝目が覚めた時から咽喉に痛みがあった。
先の台湾旅行に続いて風邪を引いてしまったらしい。
その時は日本から持参した薬を服用してあまり効かず長引いてしまったので、今回は現地のものを試してみようと薬屋を探し、近くの漢方薬局で症状――咽喉の痛みと鼻水・くしゃみはあるが、咳と熱はない――を伝え薬を購入した。
できれば創業〇百年――といった少し怪しい感じの店が良かったのだけれど、生憎そのようなものは見つからず、店は明るく大きく、薬も市販薬だったが、これが効いたのか今回はほんの数日でほとんど症状は消え、旅への悪影響もごく軽微に済んだ。
そんなこんなで、観光に十分な時間をとることはできなかったのだが、街歩きをしながらマレー、中国、インドさらにイギリス、それぞれの文化の混在する町を歩き、往時の家並を眺めることができたし、ビーチまでは足を伸ばさなかったものの海も目にした。



また、食に関してもリトルインディアでサモサ、中華食堂で卵入りチャーハン、中国料理とマレー料理のフュージョンであるマレーシアの伝統料理ニョニャのレストランではラクサと餅菓子のAng Kooも口にできたので、決して空虚な滞在ではなかった。
