スローボートの下船場からルアンパバーンの市内までは10km近くあり、ここも歩いて辿るのは無理だが、適当な公共交通機関はなく、あるのはトゥクトゥクだけである。
となると先のファイサーイと同様、運賃は準ぼったくり価格ということだ。
はじめ、ボートで隣り合わせたスペイン人のおばさんと相乗りしようと料金を聞くと、一人100kキープ(約700円)との答えが返って来た。
ラオスの諸物価からすると高いことは高いけれども、これくらいならまあいいかと個人的には思ったのだが、相方のおばさんは「高すぎる!」と激昂した上、「もっと安くしろ!」と執拗に迫り出した。
しかし相手も客の足元を見て「嫌なら乗らなくて結構、」と譲らず、これに業を煮やしておばさんは一旦車に載せた荷物を引っ手繰って元来た方へ離れて行ってしまった。
これからどうなるのだろうと、我がことながら半分面白くなってその後に続くと、やはり同じボートに乗り合わせていた一団がやって来たので、さらなる相乗りを持ちかけ四人で別のトゥクトゥクと交渉した結果、一人50kキープで話がまとまった。
どうやらトゥクトゥク一台の利用が200kキープと固定されているらしく、走行距離を考えればファイサーイの場合とほとんど同じだ。
繰り返しになるがこれは現地の物価からすると相当高いものの、それぞれの宿泊先まで順に車をつけてくれた点は評価してもよかろう。
ただ、当方の宿はドライバーが所在地を知らなかったため、仕方なく近隣の寺院の前で下車。
あとは建物や道路の配置を地図と見比べながら宿を目指し、少し手戻り――というか足戻りした末に行き着いた。
チェックインして部屋に入ると、ここもエアコンが設置されていて喜んだが、それも束の間、リモコンが見当たらないのでフロントの兄ちゃんに尋ねたところ、予約はエアコンなしプランなので使用不可、使うには一泊につき100kキープの追加料金が必要とのことである。
元の宿泊費は約200kキープ、従ってそれが1.5倍に跳ね上がることになるので、取り敢えず一晩はエアコンなしで様子をみることにして過ごし、結局最後まで使わなかった。
ルアンパバーンには、寺院に代表されるラオスの伝統建築とフランス植民地時代に建てられたコロニアル洋式の建物が併存しており、町全体が世界遺産に登録されている――との紹介文を目にして、先のメコン川下りとともにここを訪れることを大きな愉しみにしていたので、三泊と長めの滞在を設定した。
もっとも、これは是非とも観たい、ここは絶対に訪れよう――というものは例によって特にないことから、上のような建物群を眺めながらぶらぶらと町を散策して過ごすこととなったが、旅も既に二週間を超え、この頃になると町歩きにも自然とパターンができて来た。
などと言うのは大袈裟で、単に朝昼晩の食事のための外出にそれぞれ二時間前後の散策を組み合わせ、それ以外の時間は宿で心身の休息を図るというだけである。
ただ、あちらの気候の下で終日歩き回ったらきっと体調を崩してしまっただろうから、このパターンは案外良かったように思う。
あざやかなターコイズブルーを湛えるというクアンシーの滝へ行ってみようかという気持ちもあったのだけれど、結局見合わせてしまった。
その代わり、宿とほとんど背中を接するワット・ヴィスンナラートをはじめ、プーシーの丘、ルアンパバーン国立博物館、ワット・マイ、それにナムカーン川とメコン川などの風物・景観は、三日間に何度も目にしたことで脳や胸の裡に浅からず記すことができた。



食事はここまでの旅同様、現地の人向けの食堂で摂るのを基本としたが、これがちょっとした客寄せになって面白かった。
名立たる観光地だけに外国人客向けのレストランも多く、欧米人のほとんどはこれらを利用するのだろうけれど、中にはこの地の庶民の味を試してみたいと考える旅行者もあるに違いない。
ところが如何せん、その手の料理を供する店にはなかなか入り難いようで、メニューと店内を交互に眺めて暫し佇んだ挙句、とぼとぼと離れていく姿をよく見かけたが、店内にいる当方と目が合うとすーッと入って来るケースが一度ならずあったのである。
ここが観光地であることは、タクシーの多さからも実感された。
もっとも、客を乗せて走っている車はほとんどない。
至る所で目にするのは、路肩に停めた車の上でだれながら、観光客が通りかかる度に声を掛けて来る連中である。
当方もそうだが、準ぼったくり交通手段を半強制的に利用させられた者は、無論乗ろうとはしない。
そして実際に経験した者のみならず、良くない噂はあっという間に広がる現在、徒に日がな一日客引きをする羽目になるのは当然の結果、言ってみれば自業自得というものだ。
不正な目先の利益ではなく、もっと先を長い目で見ることはできないのだろうか。
現状の姿勢が続けば、ルアンパバーンの観光は近い将来行き詰まるに違いない。
最後に、これら以上に強く心に印象された、ナイトマーケットで目にした情景を記しておきたい。
国立博物館の面している、ルアンパバーンのメインストリートであるシーサワンウォン通りは、日が沈むとナイトマーケットへと変わり、当方も滞在中毎夜ここを訪れ、ずらりと並んだ露店を冷やかしたり、フードコートで夕食を認めたりした。


その最初の晩、露店では小さな子どもが商売を手伝っている姿が目立ち、まだ年端もいかないのに――と些かしんみりした気分で宿へ戻ろうとした時のこと、マーケットの外れの暗がりにふと目を遣ると、姉弟だろうか、二人の子が地面に直に座り込み、その前に広げた布に何かを並べていた。
闇を透かしてよく見ると、女の子の方は真っ黒に変色した貧相な小バナナ、男の子は木の根のような得体の知れぬ物を売っているのである。
しかしどう贔屓目に見てもそれら商品に手を伸ばす者はありそうになく、実際誰もが目を背けるようにして二人の前を通り過ぎる。
我が身に関して言えば、いくらか施したい気持はあるのだけれど、彼女たちは物乞いではないので、ただ金を渡すのは躊躇われる。
かといってその前に並んでいるのはまったく欲しくも必要でもない物、仮に買っても捨てることになる、にもかかわらず形だけ売買を取り繕っていいものだろうか……といった葛藤の末、結局みなと同様通り過ぎてしまった。
おそらく、この子たちのしている――正確にはさせられている――ことは、何分かの演出を含んだ一種のパフォーマンスであろう。
けれど毎晩毎夜、蚊などに苛まれながら暗い路傍に蹲って長い時間これを行わねばならない身の上を思うと、切なさを禁じ得なかった。
この子たちの目の前には、道路を挟んで電飾煌めく高級ホテルが建っていた。