早朝に起床し、朝食を調達しに外へ出たものの開いている店はなく、7‐Elevenでカオ・カイチャオ(タイ風オムレツ飯)を買ってそれに当てた。
この日はチェンマイからタイの国土をバスでさらに北上してチェンラーイへ向かう。
八時半に宿をチェックアウトし、Grabで配車を予約するとすぐに現れ、道路も渋滞などなく第1バスターミナルまでは20分ほどで到着した。
バスはほぼ満席、しかし外国人旅行者の姿はほとんどみられなかった。
バスが走りだしてすぐ、隣に座ったおばさんのシートベルト装着を手伝ってあげたのがきっかけとなり、Google翻訳を介して色々と話をした。
タイにはあまり高い山がないということから富士山の画像を見せたところ、「Oh Fuji, very beautiful!」との感嘆の後、日本へ行ってみたいけれど、まだ一度も海外へ出たことはない……と寂しそうな言葉が続いた。
フライトはLCC、泊まるのは安宿、食事は安食堂のぶっかけ飯……という旅ではあるが、ともかくさしたる苦労もなく外国へ来ている我が身を鑑みて胸が迫った。
車中で昼食、ターミナルに出ていた食堂でテイクアウトしておいた朝と同じカオ・カイチャオ。
40バーツとコンビニより安かったにもかかわらず、味・量ともにずっと上だった。
途中、至る所で行われているのは何の工事かと思ったら、中国の「協力」による鉄道建設とのこと。
しかしその代償として線路から1km以内の土地は中国の管理下に置かれるとかいう話も耳にした。
気をつけろ、危ないぞ……
バスに揺られること約四時間、チェンラーイの第1バスターミナルに到着。
宿はターミナルに近く、すぐに見つかり、マレーシアで遭遇した数々の苦労は何だったのだろうと思った。
丁度チェックイン可能時刻を回っていたので部屋へ入り、暫し休憩したあと二つの寺院、ワット・プラ・ケオとワット・プラ・シンへの参詣に出かけた。
寺院まではどちらも宿から1kmほどなので自分の脚を使ったが、距離以上に疲れを覚えた。
しかしワット・プラ・ケオの美しいエメラルド仏を拝めたので、その甲斐はあったと言うべきだろう。

帰路、バスターミナルへ寄って翌日のバスについて確認したところ、予約等は不要、乗車して直接料金を払う形で、ラオスとの国境へはチェンコーン行に乗り追加料金を払えば寄ってくれるとのことだった。
宿でシャワーを浴びて汗を流し、日の暮れるのを待って今度はナイトバザールへ。
そこに出ていた店のタイ風チキンレッドカレーを夕食とした。
ナイトバザールそのものは、まだ時間が早かったこともあってだろう、活気がなくあまり感興は覚えなかった。
一晩眠った朝も自然と早く目が覚めてしまい、六時に起床。
朝の空気を吸おうと表へ出てエントランス前の椅子で涼んでいたら、既に長くアジアを渡っている同宿の日本人に会ってしばらく話をした。
さらに朝食を摂りに食堂へ入ると、そこにも日本の女の子がいてまた少し言葉を交わした。
こちらはタイに住んで仕事をしているとのことだった。
第1バスターミナルには九時十五分前に着き、既にスタンバイしていた九時発のかなり年季の入ったバスに乗車した。
ほぼ定刻に半分ほど座席の埋まった状態でバスは発車、ここでも外国人は当方一人だった。
空席がたくさんあり三人掛けシートを独り占めできたのでゆったり座れたが、隣に人がいたらかなり窮屈である。
乗降ドアは開けっ放し、結局最後までこの状態だった。

ところで料金はいつ払うのだろうと思っていると、暫く走って給油のためスタンドへ立ち寄ったときにドライバーによる徴収があった。
ただ、事前に聞いた国境までの追加料金を渡そうとしたのに受け取ってもらえず、大丈夫だろうかという一抹の不安が残った。
バスは乗客からの降車場所のリクエストに応じて、また宅配の荷物を下ろすためにぽつぽつと停まりながら走行し、Googleマップでもうすぐチェンコーン―国境各方面への分岐点――と身構えたらそこを通過してしまった。
これは困ったと思ったが、その直後バスは停車し、運転手からここでトゥクトゥクに乗り換えろと言われて降りると、確かにそこに一台待機していてこれで無事タイ側のイミグレーションに辿り着くことができた。
因みに運賃はバスが90、トゥクトゥクが60バーツ、後者は一人だけの貸し切りとは言え、これもそれぞれの移動距離を考えると今一つ納得がいかない。
閑散としたイミグレーションでタイからの出国手続きを済ませ、第4友好橋をラオス側へ渡るトランジットバスの乗車券を25バーツで購入し、少し待った後で地元民らしい二三の人と乗車、がら空きで立派なバスは走り出した。

ラオス側の入国手続きはアライバルカードの記入があってやや手間取ったものの、こちらも無事目的を果たすことができた。
シンガポール、マレーシア、タイに続き、四つ目の国に足を踏み入れたのだ。