ここ山の上では、人工的な物音を聞くのは稀である。
特に夜間は、ほとんどそれを聞くことはない。
それだけに、自然の生み出すさまざまな響きは如実に聴覚を刺激する。
先に書いた、雪解け水の流れるちろちろという無生物音はその一つだが、もちろん動物によって惹き起こされるものも少なくない。
直接的な鳴き声は固より、活動に伴って生じる物音もまた然りである。
昨夜も、床についてうつらうつらしかけた時、何かが家の外壁に当たるような響きで現へ引き戻されてしまった。
はじめは屋根からまた落雪があったのかと考えたが、その後、今度はガサゴソと擦るような音が混じりながらこれがしばらく続いた。
まさか熊の襲撃ではあるまいとは思ったものの、気になってすっかり目が冴えてしまったため、起きてベランダの電灯を点けてみようか、いや、変に驚かすのもどうか――と逡巡しているうち、再びしんとした夜へと復帰した。
今日、薪を運びあげようとその置き場へ行くと、案の定、昨夜物音の発生した辺りに足跡が続いていた。
やはり、雄鹿が入り込んで行きつ戻りつし、その際に角が壁に当たったり擦れたりした音だったらしい。