蓼科高原日記

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Foundations of Modern Analysis(ジャン・デュドネ=J.Dieudonne著)

Foundations of Modern Analysis」は、フランス数学界の碩学、ジャン・デュドネ(Jean Dieudonne)が1960年代初めに著した一冊にして、そのタイトルが明に示す通り、また序文にも記されているように、現代解析学の基礎・基盤を読者に提示するものである。

 

タイトルにある"foundations"を「基本」と捉えると、解析学の「入門書」と見做されるかもしれないが、まったくそうではない。

 

この点を序文から引いてご紹介しておくと、まず、読者としては大学の数学科を終えた大学院生、もしくは例外的に優秀な学部専門課程の学生が想定され、彼らが研究の道へ踏み出す前に習得しておくべき、解析学を包含する現代数学全般の基礎的背景を提供すること、および現代数学において最も本質的な道具である「公理的手法」を使いこなせるよう訓練し、「抽象的直観」を習得させることを企図している。

 

なお、同書が後に、同じ著者による現代解析学体系ともいえる「Elements d'analyse on mathematical analysis(英訳版:Treatise on Analysis)」全9巻の初巻に位置付けられたという事実も、上の企図が如何に明確堅固なものだったかを示していると言えよう。

 


同書で取り扱われる内容については、多言を弄するまでもなく、次の目次を掲げれば十分であろう。

 

I章   :集合論の要目
II章  :実数
III章 :距離空間
IV章  :実数直線の付加的性質
V章   :ノルム空間
VI章  :ヒルベルト空間
VII章 :連続関数の空間
VIII章:微分
IX章  :解析関数
X章   :存在定理
XI章  :基本的スペクトル理論
付録  :線形代数の要目

 

20220501-Foundations Of Modern Analysis

 


これも序文に明記されているように、ここにはいわゆる"Advenced Calculus"――日本における、学部で教示される解析学と考えていいだろう――も少なからず含まれているが、それを見る観点、取り扱い方が通例と大きく異なっており、古典的な狭い視野からではなく、より包括的・俯瞰的展望を得られる枠組みの中で展開されるところに、同書の大きな特徴がある。

 

学部で接する講義や書籍の中にも、そのような取り扱いが可能ということを紹介し、そこへちょっと足を踏み入れるようなものは少なくないものの、同書ほど徹底した態度に邂逅することはまずないだろう。

 

この点、初めは戸惑いを感じるかもしれないが、慣れると実に新鮮な趣きを覚え、個人的なことを言えば、特に同書における微分法と解析関数の取り扱い、理論展開には目を瞠らされた。

 

 

 

 


その他の特徴を簡単に標語的に挙げると、幾何学的直観に頼らない抽象的公理的思考の推重、計算技術に対する概念理解の重視があり、いずれもブルバキ数学原論の最重要執筆者の一人だったデュドネらしい。

 

実際、図は一つも掲載されておらず、何行にも亘る計算も皆無だ。

 


また、本文を補完拡充する豊富な演習問題も特筆すべきで、特に後半では、紙数が本文のそれを超える節も珍しくなくなる。

 

解答は録されていないものの、キーとなるヒントが実に適切に与えられており(これに多くの紙数が費やされているのだ)、これらの問題をすべてこなしたら相当な知的体力・技術の身に就くことは疑いない。

 

「研究者を目指すなら当然そうせねばならぬ、」とデュドネ先生ならきっと喝破されるだろうけれど、仮にそれができなくとも、読む価値は極めて大きいと言うべきだ。

 


私は同書をKindle電子書籍として購入した。

 

学術書電子書籍版にはよくあるように、誤記や体裁の乱れは散見されるものの、このような人類の優れた知的所産を千円に満たない対価で手にできていいものだろうか――と、そこはかとない疑問・不安を正直禁じ得ない。

 


これ一冊を消化すること自体、並大抵のことではないが、既述したようにこの上にさらに8巻の大著がある。

 

しかもこれらは解析学に焦点を当てたもので、無論この分野にしろそれで尽くされるわけではないし、また、この数学という樹には他にも代数学幾何学、確率論といった大枝が互いに差し交わしながら繁っている。

 

そしてその周りには、物理学や化学、生物学、天文学など別の樹木も天高く聳え、目を転じればさらに、文学、音楽、美術といった芸術技芸も林立して、壮大な森を形成しているのだ。

 

そこへ踏み込んで道に迷い、途方に暮れるのも、悪いことではない。