蓼科高原日記

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Riemann's Zeta Function(H.M.Edwards著)

H.M.Edwards著「Riemann's Zeta Function」は、元々Academic Pressの数学叢書「Pure and Applied Mathematics」の一冊として1974年に刊行され、それから約30年を経た2001年、Doverから廉価版ペーパーバックの形で復刊された。

 

今般私の読んだ、後者ペーパーバック版の扉には、「an unabridged republication」と記載されていることから、省略等のない、オリジナルの内容をそのまま収録したものということが分かる。

 

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著者のエドワーズ(Harold Mortimer Edwards)博士は、米国に生まれ、ハーヴァード大学を卒業してニューヨーク大学に奉職した学者だが、私は長らく、どういうわけか、生粋のイギリス人だとばかり思っていた。

 

この本を読んでいる際も、「こんな凝った言い回しをするところは、流石に英国人らしい――」と一度ならず思い、読了後、著者の経歴を確認して驚いた次第である。

 


内容をご紹介すると、序文に著者自らが記している通り、「古典へ帰れ」との方針の下、史上最高峰に位する数学者の一人であるリーマン(Georg Friedrich Bernhard Riemann)の手になる論文「Über die Anzahl der Primzahlen unter einer gegebenen Grösse(与えられた大きさより小さい素数の個数について)」を源泉としている。

 

そして、僅か8ページのこの論文から展開された壮大な理論世界に関し、その開拓者たちの原論文に立脚し、論理的完全性、および素数定理を中心とした各領域の繋がりに留意しながら、全体的展望を提示しているのである。

 


本のタイトルが示す通り、無論、有名なリーマン予想――リーマン・ゼータ関数の自明でない零点は、すべてその実部が1/2である(であろう)――も扱われている。

 

このリーマン予想は、2000年、アメリカのクレイ数学研究所が解決に100万ドルの賞金を懸けた、所謂「ミレニアム懸賞問題」の一つであることから、広く衆目を集めるに至ったが、上に示した通りの内容、さらに執筆時期からも分かる通り、世間一般の興味を当て込んだ通俗的概説書ではない(いや、Doverさんには少なからずその気持ちがあったのかも……)。

 

十全に理解するには、数学科の基礎過程を終えた程度の知識及びスキルが必要(十分とは限らない)であることは、次の章題にも見て取ることができよう。

 

第1章 リーマンの論文
第2章 オイラーの乗法公式
第3章 リーマンの主公式
第4章 素数定理
第5章 ド・ラ・ヴァレ・プーサンの定理
第6章 オイラー - マクローリンの和公式による根の数値的解析
第7章 リーマン - ジーゲルの公式
第8章 大域的計算
第9章 t→∞の時のゼータ関数の挙動とその根の探求
第10章 フーリエ解析
第11章 直線上の零点
第12章 その他

(さらに末尾に、著者によるリーマンの原論文の英訳が付されている)

 


個人的に、この本でもまた、著者の斯界に対する造詣の深さとともに、理論の確立・展開に力のあった先達の偉大さに圧倒された。

 

特に後者に関しては、一体どこからこのような発想が生まれてくるのか、その名人芸的な対応に感嘆の念を禁じ得ないが、これらは単なる表面的な技術ではなく、深い洞察に基づいたものであることに思い至ると、その感が一層強まる。

 


ここで使用されているのは、ほとんどすべて、現在では既に古典となっている数学であるし、また、紙面に登場する錚々たる名前を見ても、彼らと同じ装備でこの分野をさらに切り開いて行こうと考えるドン・キホーテはまずいないであろう。

 

しかしながら、現代の最先端の数学を援用して新たな道を探るにしても、優れた先達の残してくれた豊麗な遺産を一度しっかりと学んでおく意義は、どれほど大きく評価しても、過ぎることはないに違いない。