蓼科高原日記

音楽・本・映画・釣り竿・オーディオ/デジタル機器、そしてもちろん自然に囲まれた、ささやかな山暮らしの日常

多元宇宙SOS キース・ローマー(著)

キース・ローマーの作品を読んだのは、この「多元宇宙SOS」が初めてである。

 

タイトルから予想したのは、「多元宇宙論(マルチバース=multiverse)にテーマもしくはモチーフを求めた物語だろう、」ということだったが、それにしてはゴリラとオランウータンを思わせるシルエットをあしらったカバーがそぐわないようで、違和感を覚えた。

 

20220504-多元宇宙SOS

 

そしてページを繰り始めると、すぐ、標題紙に"The Other Side of Time"という原題が記されているのが目に入り、「これを『多元宇宙SOS』などと軽くしたのは、例によって大衆受けを狙った出版社の愚策か、」とのっけから些かげんなりしてしまったのだが……

 

内容に相応しいのは実は邦題の方であることが、読み進むにつれて明らかとなったのである。

 


同作の著者キース・ローマー(John Keith Laumer、1925年6月9日-1993年1月23日)は、ニューヨーク州シラキュース生まれのアメリカのSF作家で、18歳で陸軍に入隊して第二次世界大戦に従軍し、戦後イリノイ大学に入学して1949年に卒業したということだが、専攻については情報が見出せなかった。

 

が、この「多元宇宙SOS」の内容、および作風に関しての風聞からすると、科学技術分野を修めたわけではないようだ。

 

こう言えば、上に書いたことと併せて大方お分かりと思うけれど、ローマーの作品は純粋科学理論に材を採ったものでも、哲学や思想を内包したものでもなく、娯楽要素の強い天真爛漫な大衆向け物語なのである。

 

 

 

 


「多元宇宙SOS」にしても、我々とは別の(平行)宇宙からのゴリラ系(?)ハグルーン族の侵略に対し、それを阻止すべく主人公ベイヤード大佐が彼らの世界へ転移するという、至極単純なストーリーで、その後、オランウータン系(?)クソニジール族の特務捜査官ドゾクや暗い島国・4の老催眠術師マザー・グッドウィル(実は若い美女オリヴィア、これもよく使われる手)と出会い、共に冒険活劇を展開する。

 

しかしながら、この物語の舞台設定は他の惑星系や恒星系、あるいは銀河系でも何ら問題なく、敢えて平行宇宙を舞台に選んだのは、終盤での時間航行場面を容易に導くためと、それ以上に「多元宇宙」という、読者に壮大感を抱かせそうなものによってその気を引こうとの意図からだろう。

 

さらに難癖を付ければ(笑)、確かに次から次へと波乱万丈の出来事は生じるものの、その大半はベイヤード大佐自身の失敗・失策が原因であり、単にその穴埋めに勤しんでいるだけとの印象を禁じ得ず、また、ドゾクおよびオリヴィアとの関係も、深い発展や緊密な連繋を見せることなく尻すぼみに終わってしまう。

 

なお、ゴリラやオランウータンに似た文明生物を援用した点については、人間の持つ価値観に対する作者の批判――ほど強くない、風刺の表明と、エピローグにおけるちょっとした落ちを意図してのことに違いない。

 


――と、否定的なことを多く書いてしまったが、これは「多元宇宙SOS」に描かれている細かなエピソードや科学技術の記述を筋道立てて把握・理解しようとするゆえのことで、枝葉末節に拘らずに娯楽作品として素直に読めば決してつまらないものではなく、そしてそう読むべき一作なのだと思う。

 

それとも、理解の及ばなかったのは、私の知力不足のせいなのだろうか……

 

いずれにせよ、かなりの多作家でありながら邦訳された作品はそのごく一部に限られており、しかもそのほとんどが既に絶版となっているのも、致し方ないような気がする。