蓼科高原日記

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西日本周遊、再び

二年前の夏、当時はまだ分割利用が可能だった青春18きっぷを二枚購入し、その内7日分を使って四国・中国を周遊した。

 

この時はできるだけ多くの路線を辿ることを主眼に据えたこともあって、六泊したいずれの土地でも滞在は一夜のみ、観光も二三の例外を除き列車の乗り継ぎ等の合間に挟み込むに止まった。

 

それでも久しぶりの列車の旅だったので、車窓を眺めるだけでも結構愉しめたのだが、名だたる観光地や、昔学生時代に訪れた懐かしい駅などを通過する際には少なからず後ろ髪引かれる思いがあり、後日、これらの土地に改めて足を止める旅行をしようと決意したものである。

 

 

 

 


それを実現すべく、この七月の終わりに再び青春18きっぷ二枚を手にして西日本へ向かった。

 

この間に同きっぷの利用条件が多々変更され、中でも「連続した○日間の利用」との制限が課されて利便性の減少甚だしくなったのは周知の通りである。

 

その影響は、各土地々々での滞在時間を増やそうとの今回の旅では特に大きい。

 

いつものことながら当方の居住地である長野県からは西日本への入り口となる名古屋に出るだけでも一旅行だ。

 

従って折角ならできるだけ多くの場所を訪れたく、青春18きっぷ一枚、五日間では短かすぎる。

 

かといって、北海道や東日本を巡るのとは異なり他に代替の切符もないことから、捨てる日がいくつか生じてもトータルとして割安であればよかろうと強いて気持ちを大きく持つことにして検討した結果、上の青春18きっぷ二枚による締めて九泊十日という、六月の韓国旅行と同じ、それなりに長い旅行計画となった。

 


宿泊地は、訪れる観光地と、例によって手頃な宿があるかを勘案した上、倉敷・三原・小倉・東萩・松江そして京都の六ヵ所と定め、これらの内倉敷・松江・京都ではそれぞれ二泊することにした。

 

遺憾ながら四国を割愛したのは、日程的な制約と、ここへ別の機会にLCCで飛ぼうとの目論見があってのことである。

 


西日本では暑さ厳しい日が続くとの予報の出る中の出発となったが、当方では真夏でも朝晩は半袖では肌寒い。

 

列車や建物の中では冷房が効いているだろうことも鑑みて上下とも長い物を来て家を出た。

 


初日はどこへも寄らず、中央本線・東海道本線そして山陽本線と乗り継いでまっすぐに倉敷を目指す。

 

この経路はすでに何度か辿っていることに加え、寝不足で頭が冴えなかったことも重なり、車窓の眺めにもあまり惹かれず、ぼんやりした状態で時間が経過しているうちに目的地に着いてしまった。

 

時に午後六時半過ぎ、日の長い時季ゆえまだ町は明るかったものの、十時間近く列車に揺られて結構疲労感が強かったため、一旦宿へ入ると再び出る気にはならず、そのままおとなしく身体を休めることにしてこの旅の一日目を終えた。

 

20260805-倉敷の宿

 

最後は仁川(インチョン)―チャジャンミョン・中華街・旧日本租界

今般の韓国旅行最後の訪問地とした仁川(インチョン)へは、水原(スウォン)市庁駅から地下鉄で水原駅へ出て、KORAILで龍山(ヨンサン)駅へ行き、そこからまた地下鉄へと乗り継いで向かった。

 

その、KORAIL締め括りの列車は、現在姿を消しつつあり、そのためもあってここまで乗車する機会のなかった特急のセマウル号である。

 

20260717-(1)セマウル号

 

KTX, ITXという高速列車が多数運行されている今、急行のムグンファ号と比べるとその位置付けがはっきりしなくなっていることが、セマウル号の立場をより危うくしている理由だろう。

 

いつ廃止されるかわからない、乗るなら今のうちに――という気持ちもあって、30分強という短時間ながら、その揺れに身を任せた。

 

既に首都圏の走行だったので、車窓にはあまり面白味はなかったものの、ムグンファ号より若干高級感のあるセマウル号の乗り心地は悪くなかった。

 


龍山駅で地下鉄1号に乗り換えて一時間ほど走行し、この路線の終点仁川駅に着いた。

 

結構長い時間を要して退屈したこともあり、途中、何気なく車内に掲示された路線図を眺めていたら、仁川へは今朝発ってきた水原市庁駅から、地下鉄水仁・盆唐線で直接来ることができたことに気付いた。

 

ただ、料金の点では確かに少々余計な出費となり、時間もかかったものの、冒頭に述べた目的もあったし、どのくらいの区間かは定かでないが地下を走る味気なさを鑑みると、敢えて失敗と言うこともない。

 

 

 

 


宿をゆっくり出たので時刻は午後一時過ぎ、昼食を摂るに適当な頃合いだったので、仁川の名物というチャジャンミョン(韓国式ジャージャー麺)を食してみることにして中華街への門を潜った。

 

ガイドブック(地球の歩き方・韓国)には共和春と萬多福という二店が載っており、中華街に入ってすぐ、斜め右前方に共和春があったが、何となく想像していたのとは異なる四階建ての大きな店で、一人では些か入り難い。

 

そこでもう一つの萬多福にしようと踝を返したところ、すぐ近くの軒にその文字が見えた――のはいいが、その下にはショウウィンドウが設けられてクッキーのようなものが並び、どう考えてもそこでチャジャンミョンを注文する雰囲気ではない。

 

ここ数年の間に商いが変わってしまったのだろうか、さてどうしよう――と思いながらその前を通り過ぎ、何気なく同じ道筋に沿って目を送ると、同じ萬多福の文字が視界に入り、今度は一目でこの店だとわかった。

 

20260717-(2)萬多福

 

早速入店して開いたメニューには、チャジャンミョンの他にも多彩な料理が載っており、どれも美味そうだ。

 

しかし一人で長時間居座るのもどうかという気がして誘惑を振り切り、元々の目当てだった、この店ならではという白い百年チャジャンミョンを注文した。

 

すぐに運ばれてきたそれは確かに綺麗な白色で、韓国らしく金属の大きなボウルにどっさりと盛られている。

 

そこに一緒に出された別の器の肉味噌と、水(?)を適量加え、これも金属の平箸でしっかりと混ぜて口にした瞬間、これだけでも仁川に来た甲斐があったと思わず首肯した。

 

さらに量の点でも、キムチ・沢庵などの突き出しを合わせこの一品だけでも十分すぎるくらい。

 

一人で来て一品だけ注文する客をどう思っているのかはわからないが、特に嫌な顔をされることもなく、気分よく店を後にした。

 


チャジャンミョンだけで満足したとはいえ、やはりせっかく来たのだから仁川も観光しようと、中華街を一通り散策。

 

さらにその中華街と一本の通りを境にして今も残る旧日本租界へも足を向けた。

 

先の江景(カンギョン)ではほんの少数の日本風建物しか残っていなかったのに対し、ここ仁川ではかなりしっかり保存保護されている印象である。

 

20260717-(3)旧日本租界

20260717-(4)旧日本租界2

20260717-(5)旧日本租界3

20260717-(6)旧日本租界4

 

ただ、歴史的な背景に加え、その全体として落ち着いた趣は、隣の原色の彩にくらべ観光客を誘因する力は小さいのだろう、周囲に目を向けている人の姿はほとんどなかった。

 


韓国での最後の宿は、地下鉄1号線で仁川から隔たること五駅、朱安(チュアン)の近くにあった。

 

そこにチェックインして荷物を置いた後、少し周囲を歩いてみたが特に興味を感じるものはなく、NAVER Map上に見つけて行ってみたレストランはここでも姿を消していた。

 

食うものは食ったし、見るものは見たのだから、欲張ることもない――と宿でおとなしく最後の夜を過ごした。

 


韓国を去る日、近距離ながら国際線のフライトであることに変わりはないので、早めに宿をチェックアウトして金浦空港へ向かった。

 

地下鉄1号線で素砂(ソサ)へ、そこで西海線に乗り換えて空港までと、経路は単純簡単。

 

ただ、ちょうど通勤通学時間だったため素砂までは身動きできないほどの混雑だった。

 


空港ではプライオリティパスでスカイハブラウンジを利用し、早めの昼食を摂った。

 

料理はかなり充実しており、口にしたいと思いながらできなかった韓国のオデンとも、最後にここで邂逅を果たすことができた。

 

カップラーメンが用意されてるのを見て、誰がわざわざこんなところで手に取るのだろう――と訝しく思っていたら、隣のテーブルに着いた兄ちゃんが持ってきて嬉しそうに食っていた。

 


チェックインで割り当てられた座席は窓側である。

 

些か窮屈が強いられるかと覚悟したが、平日午前中のフライトだったせいか全体の搭乗率は50%程度、横の二つも空席でゆったりと日本に戻ることができた。