蓼科高原日記

旅行・音楽・本・映画・釣り竿・オーディオ/デジタル機器、そして自然、ささやかな山暮らしの日常

尾道と竹原を観光して三原に宿泊

倉敷で二泊して迎えた三日目は、尾道を観光してから宿泊地の三原へ向かう。

 

倉敷駅を九時前に出た山陽本線の列車に揺られること一時間と少しで尾道駅へ着き、先ずは荷物を駅のロッカーへ預けようとしたが生憎小銭が足りない。

 

そこで隣接する観光案内所で両替してもらえるか聞いたところ、「できない」というつれない返事とともに「そもそも今日はおのみち住吉花火まつりが催されるのでロッカーは使えない。10分ほど歩いた所にあるヤマト運輸の営業所に預けたらどうか」との御託宣を受けてしまった。

 

コイン式のロッカーは確かにすべて使用不可、セキュリティの見地からの処置だと思うが、改めて周りを見るとロッカーを開いて荷物を入れている人もいる。

 

どうもICカード式のものはなぜか使用できるらしい。

 

しかしカードを持っていない身にはどうしようもなく、他に適当な所はないかとGoogleマップで探し、目についた所へ行ってみたものの、やはりロッカーは駄目。

 

さらにウォーターフロントビルのクローク形式の預かり所に行ってみても、そこには誰もおらず目的を果たせなかった。

 

10分も歩くのか――とは思ったが、足を向けるのは観光スポットのある方向だったので、案内所でのアドバイス通りヤマト運輸にお世話になることにして荷物を背負ったまま歩き出した。

 

 

 

 


無事荷物を預けることができて身軽になり、さてどこをどう歩こうか――と案内所で貰った地図を開くと、思っていた以上に寺が沢山ある。

 

はじめはそれらを全部巡ってみたいとの誘惑に駆られたが、この日も35℃を越える猛暑、時間的にも難しいことは明らかだったのですぐに諦め、差し当たり手近なところから始めようと坂(千光寺新道)を上り始めた。

 


すぐに宝土寺があり、そこに転がっていた怪獣のような鳴き声とは裏腹に人懐っこい猫を撫でて、隣りあっている形の光明寺へ。

 

そのまま進むと駅へ戻ってしまうため踝を返し、再び千光寺新道を上りつつ志賀直哉旧宅をはじめとする家並を目に収めた。

 

尾道には確かロープウェイが架かっていたはず、その乗り場はどこだろう――などと思いながら歩を進めるうち千光寺に到着し、参拝してから境内を逍遥。

 

20260812-(1)千光寺

 

少し休んで再び石段にかかると、間もなくロープウェイの駅らしきものが見えたが、それは乗り場ではなく山頂駅、結局自力で登ってしまったわけだ。

 

そこに到るまでにも、坂を見下ろす形に含んだ風情ある眺望は得ていたが、山頂にはPEAKという展望台があり、ここからの周囲360度の展望もまた素晴らしかった。

 

20260812-(2)尾道の坂

 


戻りは西側の文学の小道をとり、もう一つ訪れたかった猫の小道を目指した。

 

何分曲がりくねった小道が入り組んでいるためはっきりした道順はわからないまま、ともかく天寧寺三重塔と艮神社(うしとらじんじゃ)の間を目当てに進んだところ、いつの間にか自分が丸い石に猫を描いたオブジェ「福石猫」の置かれているそこにぽつンといることに気付いた。

 

20260812-(3)天寧寺三重塔

20260812-(4)猫の細道

 

実物の猫は二匹だけ。

 

ほとんど目につかなかったのは、祭りの催される週末とあって人が多すぎたからかもしれない。

 


艮神社を拝してロープウェイ山麓駅まで下りると、そこに小さなラーメン屋がひっそりとあったので、入店してラーメン定食を昼食とした。

 

20260812-(5)艮神社

 

これが尾道ラーメンというものなのかは定かでないが、脂を浮かべた醤油スープと細麺の組み合わせは充分に美味かった。

 


所々に古錆びた建物のある、アーケードを戴く尾道本通り商店街を通って駅へ戻ったが、列車の到着にはまだ間がある。

 

20260812-(6)大和湯

 

それを埋めるに適当なものはないかと観光マップを開くと、本土と向島(むかいしま)とを結ぶ渡船が頻繁に出ており、料金も100円と格安、これは文字通り渡りに舟だと乗船した。

 

他にクルーズ船も就航しているようだが、個人的にはこの往復10分ほどの舟旅だけでも充分だった。

 

20260812-(7)向島

 


尾道では東京物語のロケ地へも――との思いもあったのだけれど、それらが分散していること、さらに作品での面影が今では失われ落胆するのではないかとの懸念から、敢えて抑えた。

 


尾道から一駅、糸崎で乗り換えてまた一つの三原には午後二時半過ぎに到着。

 

取り敢えず宿へ行くと、少し早いがチェックインすることができた。

 

このように早めに尾道を後にしたのは、この日もう一つ、かつて製塩業で栄え、江戸から明治・大正そして昭和、各時代の多様な建物が並ぶという竹原を訪れるためである。

 

それらの観られる、たけはら町並み保存地区は駅から1kmほど、当然徒歩で向かった。

 

その手前で祭りの準備らしいものが行われており、あとでこれは住吉まつりであることを知った。

 

この一画はそれなりに賑わっていたものの、そこまでの道筋、そして町並み保存地区は森閑としており、時の止まった、どこか現実離れした夢の中の世界のようだった。

 

しかしそのため、目当てとした個々の古い建物、さらに町全体の風情は一層趣あるものに感じられた。

 

20260812-(8)竹原1

20260812-(9)竹原2

20260812-(10)竹原3



一時間ほど散策を愉しんで駅へ戻ると、浴衣姿の女の子が待合室に二人、さらに後から一人現れ、当方と同じ三原行列車に乗車した。

 

おそらく、地元のものより盛大で華やかな尾道の住吉花火まつりへ出かけるのだろう。

 

 

 

 

岡山観光―後楽園・岡山城・吉備津彦神社・吉備津神社…

二日目は岡山を観光する。

 

これまでに何度か倉敷は訪れ、美観地区はそれなりに観ている一方、すぐ近くの岡山駅については、その倉敷や四国への行き帰りに通過しただけで、足を留めたことがない。

 

決して関心がないわけではなく、単なる旅程の都合で図らずもそうなってしまっただけなので、今回は恨みを晴らすべく、丸一日をそこの観光に当てることにした。

 


八時半過ぎ、飲料や雨日を兼ねた傘などを入れたビニールザックを背負って宿を出、まずは日本三名園の一つに数えられる後楽園を訪れるべく、倉敷駅から岡山駅へ移動した。

 

名だたる観光スポットゆえバスもそれなりの混雑を予想していたのだが、駅前の乗り場で待っていたのは数人のみ、しかも後楽園へ向かうバスに乗車したのは当方の他一人だけ、些か拍子抜けしてしまった。

 

これは、まだ朝の早い時刻だったことに加え、厳しい暑さの影響も大いにあったに違いない。

 


その後楽園は一時間ほどかけて散策。

 

大名庭園らしい規模と、随所に見られる凝った造りはなるほど見事なもので、もう少しゆっくりと廻りたいところだったが、この日は他にも訪れたい所がいくつも控えており、また欲を出すと暑さにやられるだろう不安から自重した。

 

20260809-(1)後楽園1

20260809-(2)後楽園2

 

池の鯉も酸欠らしく、水の流れ込みに多くが群がっていた。

 


後楽園に続き、月見橋で旭川を渡り岡山城へ向かう。

 

20260809-(3)月見橋

 

いつものように天守に入るつもりはなく、外から眺めるだけで十分と考えたので、後楽園へ入園する際にも共通券は買わなかった。

 

かつての国宝だった天守は戦災で焼け、現在見られるのは再建されたものとのことで、なるほど烏城という別名の由来である黒い外壁などは少々瑞々し過ぎる感じである。

 

20260809-(4)岡山城

 

かといって古びを意図的に加えるのは一層の外連味をもたらすだけだろうから、やはり時が自然にそれを醸してくれるのを待つべきなのだろう。

 

 

 

 


岡山電気軌道の路面電車で岡山駅へ戻ったのが十一時前、まだ昼食を摂るには早いが、これから向かう先に適当な店があるか定かでないため、駅ビル内で弁当を購入して吉備線(桃太郎線)の列車に乗車、三駅先の備前一宮で下車した。

 

目的は大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)を祀る吉備津彦神社への参拝である。

 

が、駅から500mほど歩いてそこへ着いてみると、随神門がシートで覆われており、通行も禁じられている。

 

ただ、案内板には同門の保存修理工事の行われている旨が書かれており、本殿などへの参拝は可能とのことでほッと胸を撫で下ろした。

 

個人的に、神社の屋根の美しさにはどこでも感嘆させられるが、この吉備津彦神社ではその思いを一層強く持った。

 

本殿・拝殿・祭文殿・渡殿それぞれが、独自の優美な曲線からなる屋根を有し、かつ絶妙な厚みと素材の醸し出す質感を具えて凛と並立する様は、厳かさを超えて恐ろしささえ観る者に抱かせるようにも思う。

 

20260809-(5)吉備津彦神社1

20260809-(6)吉備津彦神社2

 


備前国一宮である吉備津彦神社を参拝したら、備中国一宮、吉備津神社へ詣でるのは当然だ。

 

両神社間の道のりは2km弱と少々あるけれど、列車を使ってもあまり短くはならず、本数も少ないので歩くことにした。

 

繰り返しになるがとにかく暑さが厳しいので、オーバーペースにならないよう注意したが、濃い緑が陽射しを遮ってくれることが多く、思いのほか快適に距離を稼ぐことができ、ニ十分強で境内へと続く石段の麓に着いた。

 

その石段を上ると、ちょうど大祓月間で随神門に茅の輪が置かれていたので、掲示された作法に従って神域へと潜った。

 

20260809-(7)吉備津神社1

 

吉備津神社最大の特徴は、日本の数多の神社の中でもここだけという、入母屋造の千鳥破風が二つ並ぶ比翼入母屋造(ひよくいりもやづくり)の本殿であろう。

 

先の吉備津彦神社の屋根とは趣を異にしながら、こちらもやはり瞠目に値する。

 

20260809-(8)吉備津神社2

 

祈祷殿の片隅を拝借してそこから暫し嘆賞した後、授与所で桃懐守りを頂き、これもこの神社の有名な長い廻廊――本殿などを取り囲んでいるわけではないが――を辿り、途中のえびす宮・岩山宮に参り、また鳴釜神事(なるかましんじ)の行われる御竈殿を外から拝観、さらに隣接する境外末社の宇賀神社を参拝して人界へと戻った。

 

20260809-(9)宇賀神社

 


吉備津駅までは750mほど、先の道のりの半分程ながら、遮るもののない強烈な陽の光を浴びての歩行は楽ではなかった。

 

その休息がてら、列車到着までの時間を利用し、ここまで口にする場所がなく背負ってきた弁当を待合所で使った。

 


この日はもう一ヵ所訪れたい場所がある。

 

映画「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」の舞台となった備中高梁だ。

 

やって来た桃太郎線の列車で総社まで行き、伯備線に乗り換えてその駅に着いたのは午後二時過ぎ。

 

事前にはここで一時間半ほど町を逍遥するつもりだったが、やはり体力、というより気力の衰えを禁じ得ず、また炎天下で写真を多数撮ったためかスマートフォンのバッテリーが切れてしまったこともあり、ともかく上の作品で寅次郎が寄寓した蓮台寺、実名瑠璃山泰立寺薬師院(るりさんたいりゅうじやくしいん)だけでも――とそこへ向かった。

 

急な石段を上り詰めると、目の映ったのは思いのほかこじんまりした景観である。

 

作中で寅さんがマドンナ役の竹下恵子と初めて出会うその石段をはじめ、庭も建物も、「あれ、本当にここだろうか」という感じだったが、これは決して失望ではなく、単なる視点の相違に基づくイメージのずれ、実在のものはそれ自体の落ち着いた風格を具えて鎮座していた。

 

20260809-(9)宇賀神社

 


こうして予定した観光を一通り終え、倉敷へ戻るべく備中高梁駅発の列車に乗り込むと、乗務員から「エアコンの不具合でこの車両は冷房が効かないのでもう一両に移ったらどうか」と声をかけられ、前日の山陽本線でも同様なことがあったのを思い出した。

 

外気温が高すぎて過負荷がかかったに違いない。

 


午後四時前に倉敷に帰り着き、この地へ来た際には必ず寄る珈琲ウエダさんへ顔を出し、店を切り盛りするお二人と一匹に久闊を叙した。

 

疲れたが充実した一日だった。