蓼科高原日記

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会津若松―さざえ堂・御薬園・鶴ヶ城・七日町

三日目は、二泊した酒田を後にして会津若松へ向かう。

 

酒田の雨は上がっていたが、大域的には天気は相変わらず思わしくないようで、会津若松には降るかもしれないとの予報が出ていた。

 


早朝六時、酒田駅始発新庄行の陸羽西線列車に乗車。

 

これなら車窓から月山を拝めるかもしれない――と、右前方を注視しながら乗車することニ十分ほど、大きく裾野を広げた山――というより広範囲に地面が隆起したような景観が現れた。

 

そのため高さの感じが掴めず、果たしてこれが2000mに喃々とする標高を持つ月山か否か心許なく思いながら、ともかく窓越しに写真を数枚撮った。

 

20260926-(1)月山

 

駅で停車した際に開いたドアから硝子を通さない画を得たいと考えたものの、開いたのは反対側、そして間もなく別の近くの山に隠されてしまい叶わず。

 

それと時を同じくして空は次第に全体が雲に覆われ始め、車窓はこの旅お決まりの水墨画のような色合いに変わった。

 

そこに時折景を添える最上川を目と心に留め、七時過ぎに終点新庄駅に到着した。

 


次いで山形新幹線に乗車すべく、案内に従い前へ前へと進むと、なるほど陸羽西線と同じホームの南側が乗り場だった。

 

約二時間つばさ号に乗車して郡山駅で降り、暫し待って磐越西線の同駅始発会津若松行き列車の乗客となり、十一時半少し前に当日の宿泊地である会津若松に着いた。

 

この両道程により、今まで未乗車区間を残していた山形新幹線と磐越西線の完乗を果たしたが、朝が早く少々寝不足だったこともあって、正直車窓風景があまり眼底に残らなかったのは残念だ。

 


奮起して昼前に会津若松に着くようにしたのは、同地の観光に当てられるのがこの日だけだったからである。

 

幸い曇り空ながら雨は降っていない。

 

宿にチェックインはできないものの、荷物は預かってくれるというのでフロントにそれを頼み、併設された中華料理店で昼食を摂った後、まちなか周遊バスの一日乗車券を購入して乗り場へ。

 

間もなくやって来た、時計回りルートを辿るあかべえ号は、ちょうど座席が埋まるくらいの乗客を乗せて出発した。

 

 

 

 


半日で巡れる観光スポットはこれくらいだろう――と、取り敢えず四ヵ所を選定、先ずは会津さざえ堂へと飯森山下停留所でバスを降りた。

 

それが建つ飯盛山の麓までは歩いてすぐ、そこには動く坂道・スロープコンベアなるものが設置されており、「歩いて登るのは本当に大変です!」とさかんに放送の声が大音量で観光客に呼びかけていたが、見上げてみると終点はすぐ先、本当だろうかと思いながら石段に足を踏み出すと、案の定大した苦労もなくさざえ堂に着いてしまった。

 

もっともこれは、前日に羽黒山の2466段の石段を登った経験があったからかもしれない。

 

足腰の状態をはじめとする体調に不安のある向きは、料金も安いのでスロープコンベアを利用するのもいいと思う。

 


さざえ堂(円通三匝堂)は、規模こそ小さいものの、なるほど面白い造りの興味深い御堂だ。

 

ここは外から眺めただけではその特質がわからないので、400円の入館料を払って内部に入りたい。

 

20260926-(2)さざえ堂

 


続いて、現在会津松平氏の庭園として公開されている御薬園を訪れるべく、先程バスを下車した停留所に戻った。

 

時刻を確認するとちょうど間もなくそのバスが来る――と喜んだのはいいが、修学旅行らしい小学生が何人か待っており、あかべえ号が到着するとあちこちから同類が押し寄せ、乗り切れずにバスは出てしまった。

 

もちろんこちらも乗り損じだ。

 

次の便は三十分後、暫く待っているうち、また同じようにそれまでいなかった連中が大挙して仲間の元に現れる恐れのあることに気付き、一つ手前のバス停から乗るべきだろうとそこまで歩いた。

 

これが奏功して無事御薬園に辿り着いた。

 

御薬園は池の水が澱んで些か美しさに欠けるきらいは否定できなかったものの、生き物には却ってよいようで、鴨や鯉が嬉しそうに遊んでいる様子は、適度な広さと相俟って好もしかった。

 

20260926-(3)御薬園

 


三番目の目的地鶴ヶ城へもバスで向かうので、時刻を見計らって停留所へ戻ったが、その到着は定刻より三十分近く遅れた。

 

理由は交通渋滞ではない。

 

上にも記した集団が、乗る際は乗車口近くに溜まってあとの客がなかなか乗れず、降車時には少なくない生徒が料金支払いに両替を要したためである。

 

しかも悪いことに、バスは前乗り前降り、混雑すると、後方の客が降りる際には前方に立っている者が一旦降りねばならぬ状況になるのだ。

 

その主たる原因は生徒たちであることは確かだけれども、彼らは決して悪意を持って意図的にそうしているのではなく、単にそこまで気が回らないだけだろう。

 

理解し難いのは、これらの指図を運転士が一所懸命している一方、引率の教師が一人残らず、指示を与えたり統率したり全くしていなかったことだ。

 

両替での手間取りも、小銭をある程度用意しておくようにと旅行に出る前に注意してけば避けられたはずだ。

 

ふと、近年の教員の数多の不祥事が頭に浮かぶとともに、なるほどねえ――と妙に腑に落ちた思いがした。

 


鶴ヶ城(若松城)は結構な人出だった。

 

大方の目当ては、赤瓦と白壁が美しい対照を見せる天守だろうけれど、個人的には何となくのっぺりした印象を禁じ得ず、大掛かりな張りぼてが連想されて些か戸惑った。

 

20260926-(4)鶴ヶ城

 

寧ろ、その礎たる、時代や部位により異なる三種の積み方で築かれた石垣に思わず目を瞠らされた。

 

20260926-(5)鶴ヶ城の石垣1

20260926-(6)鶴ヶ城の石垣2

 


この日最後に目指すのは七日町(なぬかまち)駅。

 

町名については同じ漢字表記で「なのかまち」と読むことを後で知った。

 

同音異字のゆふいんとは逆というわけだ。

 


そこへ運んでくれるバスも三十分以上遅れての到着である。

 

七日町駅前停留所で下車し、趣のある駅舎を暫し眺めた後、大正時代の建物が多く並ぶという七日町通りを歩きし、左に折れて今度は大町通りを辿り、会津若松駅へ戻った。

 

20260926-(7)七日町駅

 

その謳い文句に偽りはなく、500mほどの七日町通りは散策に恰もよし。

 

写真を撮り過ぎてスマートフォンのバッテリーがなくなってしまった。

 

20260926-(8)七日町1

20260926-(9)七日町2

ともあれ目論んだ観光はすべて果たすことができた。