「東欧SF傑作集(上)」が創元SF文庫の一冊として出されたのは1980年、当方の書棚に並んでいる書籍の中では比較的新しい出版だが、収録作はそれよりかなり前に書かれたもの、「上」と銘打たれていることが示す通り、下巻も同年、恐らく同時に刊行されている。
これら両者の位置付けは作品の年代に基づくものではなく、上巻はポーランド、ハンガリー、ブルガリアの、下巻の方はチェコ、ユーゴ、東独、ルーマニアの作家を取り上げた国別によるものである。
個人的なことを言えば、東欧のSFと聞くと、「R.U.R.(ロボット)」「山椒魚戦争」のカレル・チャペックと「金星応答なし」「ソラリス」などのスタニスワフ・レム、さらに共産主義の宗家ソ連をここに加えるなら、ベリャーエフ、エフレーモフ、ストルガツキー兄弟といった作家が思い浮かぶが、「東欧SF傑作集(上)」の中に馴染みの名を見出すことはできなかったことを先ず白状する。
これが私の浅学のためであることを否定はしないけれども、恐らく現代の一般的読書愛好家の多くも同じではないかと思う。
その当否は、以下に記す同書収録の作家および作品をご覧の上でご判断願うことにしよう。
ポーランド編
・クシシトフ・ボルニ「招かれざる客」
・チェスワフ・フルシチェフスキ「未来の町(トンネル)」
・クシシトフ・マリノフスキ「未来の光景──引っ越し」
・ヴィトルド・ゼガルスキ「作家の仕事場で」
・アンジェイ・チェホフスキ「《エレクトル》に関する本当の話」
・コンラッド・フィヤウコフスキ「セレブロスコープ」
・アダム・ヴィシニェフスキ=スネルグ「あちらの世界」
ハンガリー編
・カリンティ・フリジェシュ「時代の子」
・チェルナイ・ゾルターン「石」
・ヘルナーディ・ジューラ「ガリバー二世」
・ケメーニ・デジェー「第三世代」
・チェルナ・イョジェフ「脳移植」
ブルガリア編
・ジミトル・ペーエフ「マホメットの毛」
・ストイル・ストイロフ「裁判」
・ワシール・ライコフ「夜の冒険」
・パーヴェル・ヴェジノフ「ある秋の日に……」
・アントン・ドネフ「金剛石の煙」
ただ、仮にこれらの名に馴染みがないにしても、この地域におけるSFの辿って来た道筋に関する詳しい紹介が、訳者の一人(にして編者?)による「東欧SFの系譜」として併収されており、これを一読することでぐッと身近に感じられるようになる。
その意味で、深見弾の巻末の文章も同書の大きな部分と見るべきだろう。
共産圏の作品には、上に挙げたレムの「金星応答なし」などのように自分たちの信奉する宗教に対する徒な礼賛を帯びたもの、あるいは逆に、当然あからさまな批判はできないのでそれを反語的に籠めたもの、すなわち政治的要素を含む例の少なくないことはご存じの通りだが、同書収録作に関しては、無論皆無ではないものの、この特質はそれほど目立たない。
果してこれが東欧SFの一般的性格なのか、編者が意図した結果なのかは、これも当方の読書経験の乏しさゆえ判断できないものの、アンソロジーとして妥当であることは確かだ。
惜しむらくは、西側世界の同ジャンル作品に比べて知名度が低く、営業面での成績が振るわなかったためだろう、この「東欧SF傑作集」も上下巻ともに既に絶版となっており、しかも希少性を具えているのか、二巻揃いで古書市場に出ると結構な高値で取引されることから、入手するのが少々難しい。
実は私も、現状上巻しか保有しておらず、下巻を我が物にする機会を長年窺っているのだが未だに達成できないでいる。
それほど所有欲が強いわけでもないので読めれば十分なのだけれど、近隣の図書館には蔵されておらず、それも叶わない。
この事実も同書の希少性を裏打ちしているように思う。