「銀河帝国の崩壊(Against the Fall of Night)」は、ロバート・A・ハインライン、アイザック・アシモフと共にSF界のビッグ・スリーとして数多の著作をものしたイギリスの作家アーサー・C・クラークの初期の作品である。
少年時代から天体観測を趣味とし、またSF小説を読みふけるなど科学に対する興味の深かったクラークだが、進んだのはグラマースクールで、その卒業後は公務員として年金の監査に従事。
しかし第2次世界大戦が勃発するとイギリス空軍のレーダー技師となり、除隊後にロンドンのキングス・カレッジで物理学と数学を学び、自らの本来の資質に沿った――とも言うべき道を歩み始めたのである。
1953年に発表された「銀河帝国の崩壊」はクラークの長編第五作に当たり、このタイトルや当方の入手した書籍のカバーからは大宇宙で展開される波乱万丈のスペースオペラが連想されるかもしれないけれども、実際は発展の極致へ達した人類文明の破局とそこからの新たな歩みを主題とする、いわゆる終末物の一種である。
クラークは、O.ステープルドンが「最後にして最初の人類(Last and First Men)」により取り上げ、SFの多様化と深化に貢献したこのテーマに大きな関心を持っていたようで、「銀河帝国の崩壊」に先立ってこれと同じ年に出版した、彼の最高傑作とも称される「幼年期の終り(Childhood's End)」もこの主題に基づいていることに加え、三年後の1956年には、銀河帝国――の翻案・改作と言うべき「都市と星(The City and the Stars)」まで世に問うている。
さて、クラークの上に挙げた三作における「銀河帝国の崩壊」の位置付けについて個人的な印象を忌憚なく述べれば、量的な薄さはともかく、質的な面でも影が薄いと言わざるを得ない。
これは主に、終盤、物語が大きく展開するに際し、「純粋知性」がいきなりとも言える形で登場し、以後の記述がそれまでと比べ明らかに淡白になっているためで、実際、読了後にすぐ思い返しても、その部分はほとんど記憶に残っていなかった。
穿った見方をすれば、「幼年期の終り」で手応えを感じてさらなる獲物を狙ったもののそれを果たせず、案の熟すのを待った上で書いたものが「都市と星」なのではないかと思える。
"Against the Fall of Night"という原題を「銀河帝国の崩壊」などという壮大なものにし、書籍カバーも見る者にそれを想起させるものにしたのは、この弱みから読者の視線を逸らそうとの出版社の目論見ではないか――と言っては少々嫌味かもしれない。
しかし、他の二作が現在も版を重ねているのに対し、「銀河帝国の崩壊」が絶版となって久しいのは事実である。