1923年に出版された「ゴルフ場殺人事件(Murder on the Links)」は、「スタイルズ荘の怪事件」「秘密機関」に続く、"ミステリーの女王"アガサ・クリスティの三作目の推理小説である。
しかし、ここ日本ではそれほど知られていないように思う。
邦題は原題の意味を素直に汲んだもので、その点、何ら問題はないのだけれど、小説のタイトルとして見た場合、少々冴えない印象を否めないのは私だけではないだろう。
実際、確かに海岸地帯に建設中のゴルフコース上で殺人が行われ、死体もそこで発見されはするものの、物語はそのコースに隣接する富豪の別荘で展開され、またゴルフ場の関係者や会員が事件に関わって来るわけでもないので、その意味でも適当至極なタイトルとは言い難い。
しかしながら、内容に関しては、推理小説の面白みを堪能できる申し分ない一作だ。
ストーリーが命のジャンルなので、その展開を書くことは控えるが、さまざまな伏線が次第に束ねられながら最後に一つに織り上げられるのは実に見事である。
見方によっては些かそこに凝り過ぎの感を覚えないでもないが、これも妙の一つであろうし、変なトリックや、思わず「それはないだろう、」と言いたくなるような、隠された事実が突然明かされて一件落着、といったこともない。
推理小説の王道を行く、オーソドックスな作品である。
個人的には、先に読んだ「そして誰もいなくなった」より数段優れていると思うのだが、これより遥かに知名度が低いのは不思議だ。
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とはいえ、世界中でクリスティ作品が数多読まれていることは論を待たず、したがって古書市場にも頻繁にまとまって現われ、私も以前その一つを購入して本棚に数十冊が並んでいる。
私は特別な嗜好をこのジャンルや作者に有しているわけではないので、これまでに読んだのは今般の「ゴルフ場殺人事件」を含むそのごく一部だけ、従って今後まだまだ愉しみが残っているわけだ。
S.S.ヴァン・ダインが、一人の作家が書くことのできる優れた推理小説はせいぜい6作まで――と明言し、悲しいかな図らずも自らそれを裏打ちする一例となってしまったことは有名だが、果たしてクリスティはどうだろう。