個人的には本当に久しぶりの旅行なので、その出足となる列車の顔を写真に収めておきたい気持ちが少しあったのだけれど、時刻は朝7時半、主に高校生の通学客がホームを埋めており、その中でスマートフォンを構えるのは気恥ずかしかったのでやめた。
定刻に到着した列車に乗り込むと、やはり通勤通学用車両らしく座席はロングシート、しかし何度か乗っている路線なので別段落胆することもなく空いている一つに座を占めた。
今日は先ず山梨・神奈川両県を横断し、東京へ入って西国分寺へ至り、そこから武蔵野線で南浦和、京浜東北線で浦和、湘南新宿ラインで宇都宮、宇都宮線で黒磯、東北本線で郡山、奥羽本線で宿泊地のかみのやま温泉へと向かう、ひたすら移動の続く一日である。
観光のために降車する予定はないが、かみのやま温泉への到着予定が夜7時過ぎになり、宿は食事なしで予約してあることもあって、乗り継ぎに時間的余裕のあるところで昼食と夕食、さらには翌日の朝食も調達しておこうと考えた。
甲府で高尾行きの列車に乗り継いだ直後だったろうか、車内の電光掲示板に「埼京線の線路内に人が立ち入ったため、多くの列車に遅延が生じている」との情報が表示された。
その時は、大きな事故でもないし、すぐに正常化するだろう、これから乗る列車には影響あるまい――と思ったのだが、これが大きな誤り、暢気な楽観であることを後で思い知るのである。
南浦和での乗り換えの際、改札を出て昼食を調達し、浦和へも定時に到着した。
次に乗る湘南新宿ラインの発着番線を電光掲示板(発車標というらしい)で確認すると、時刻表通りの数字が併せて表示されたので安心してホームへ上がった。
が、そこで改めて発車標へ目を向けたところ、列車に遅れが生じている――との文字列とともに、既に過ぎている時刻の付された列車が表示され、これは一体?――と頭を擡げてきた不安を胸に抱きながら待っている内、乗車予定列車の発車時刻が近づき、そして過ぎ去ってしまった。
先行列車も未だ到着せず、その予定のアナウンスもない。
次の宇都宮における乗り継ぎ許容時間は20分弱、遅延が大きくなると乗り逃す恐れがあるため、情報を得ようと駅員の姿を探したが近くには見当たらず、仕方なく階段を下りて改札横の窓口で尋ねたところ、先行列車が30分以上遅れており、湘南新宿ライン宇都宮行きはその到着発車を待っての発車となるが、それがいつになるかは現状わからないとのこと。
何とも頼りない話ではあるが、ともかく先行列車が来るまではじたばたしても仕方ないので、のんびり待つこととした。
結局、目当ての宇都宮行きに乗れたのは定刻より小一時間遅れて午後1時頃だった。
この列車にはボックスシートがあり、その空いた一つに就くことはできたものの、斜向かいには先客がいた上、車内はかなり混みあっており、平日ということもあってそのほとんどが仕事の移動などで利用している印象、しかも窓の外はビルの立ち並ぶ都市部なので、弁当を開くことは躊躇された。
漸くそれが叶ったのは、久喜で多くの乗客が降車してボックスシートが占有となるとともに車窓の眺望も開けてからだった。
移動が目的の一日においても、列車からの好みの眺めは愉しみの一つ、それが漸くこの辺りから眼前に現れ始めたのである。
懸念した通り、宇都宮へ着いた時には予定していた乗り継ぎ先列車は既に出てしまっており、後続を待つことに。
さらに、それ以降の黒磯・新白河・郡山・福島といった駅においては、悲しいかなこちらは普通列車、新幹線をはじめとする優等列車からの乗り継ぎ客を待つための遅れも加算され、福島駅へ到着したのは計画より1時間半近く遅い19時前、疾うに日は没してしまっていた。
ここでの乗り継ぎには30分以上あったので、改札を出てみることにした。
福島といえばこの地方の中心都市、駅前も整備されて明るい光を纏ったビルも林立していたが、ちょうど帰宅時間帯と思われるのにそこを忙しく歩く人の姿は疎らにしか見られず、去年の初めに訪れた長岡の、街そのものが暗い印象は受けなかったものの、やはり意外な感は禁じ得なかった。
夕食を店で摂る時間的余裕はないので、ここでまた弁当を購入。
それを手に駅へ向かいながら、これから乗る奥羽本線の列車が混雑していたらまた食事がおそくなってしまう――というちょっとした不安が生じたため、駅前のベンチに腰をかけて早々に済ませてしまった。
こんなことが何気なくできるくらい、人通りは少なかったのである。
そうこうしている内に乗り継ぐ列車の発車時刻が近づいたので駅へ入り、改札を通ってホームへ行き、既に入線していた列車へ乗り込んでみると、乗客の姿はぽつぽつとしか見当たらない。
これならここでゆっくりと食事をしてもよかったわけで、判断の誤りが少し悔やまれた。
それはさておき、発車時刻間際になっても列車の動く気配がない。
昼間のダイヤの乱れがここまで影響していることはまさかないだろう――と思っていた時、車内アナウンスが流れた。
曰く、当駅始発山形新幹線の車両に故障が発生し、現在その調査中。この復旧・発車を待って当列車は発車する……
この期に及んでこれである。
当方の予定は米沢で今一度、この日最後の乗り継ぎがあり、そのための時間はわずか10分、当該列車を逃すとかみのやま温泉到着はさらに大幅に遅れてしまう。
大きな不安に駆られて車掌室の窓をノックし、いつ頃発車するかの見込みを尋ねると「不明」、米沢での乗り継ぎにおいて先方列車は待ってくれるのか――に対しては、「考慮はするが、この列車の遅れが大きくなると難しい」とのこと。
車両故障などと聞いてはすぐに復旧するとは思えず、またしても落ち着かない時を過ごすこととなった。
しかし、幸い定刻より10分ほど過ぎた頃にそれが達成された旨のアナウンスがあり、その後間もなくこちらの普通列車も動き出した。
その後間もなく、先に尋ねた車掌が巡回してきて、米沢での乗り継ぎはできることを知らせてくれて一安心。
ただ、福島―米沢間にある板谷・峠といった駅周辺の景物を目にすることができなくなったのは残念だった。
米沢駅でこの日最後の乗り継ぎをし、かみのやま温泉駅に着いたのは、予定より2時間半近く遅い21時半過ぎ。
明るい内なら目印とできる建物なども見つけ難そうだったので、Googleのナビを歩行モードにし、それを信じて歩くこと約10分、どうにかこの日の宿である「ホテル菊屋」に辿り着いた。
温泉地にありながら、楽天トラベルに掲載されていた一泊素泊まりの最も安いプランで3,500円という価格ゆえ、内湯はなし。
しかしすぐ近くに共同浴場があり、そこで入浴すればよいだろうと考えていたのだけれど、既に営業時間は過ぎていたし、何よりそこまでの道程で気力体力とも消尽してゆったりと湯に浸かろうなどという気持ちはまったくなかった。
欲求はただ一つ、早く眠りたいということだけで、部屋へ入ると早々に横になってしまった。
その寝床となったパイプ製ベッドは、薄いマットのスプリングが弱く、身体の重心である腰の部分が沈み込んで快適な寝心地とは正直言い兼ねたが、心身の疲れが睡眠導入剤となって何とか眠りに入ることができた。
宿のその他の点について言うと、明確なビジョンなく建て増ししたのか、外の構えは結構立派なのに内部はかなり錯綜しており、もし火災が起こったら――との危惧を感じて避難経路をしっかり確認したが、トイレや洗面所へ何度か足を運ぶとすぐに把握できた。
湯沸かしポットや電子レンジ、浴衣や歯磨きセットといったものはロビー(?)、フロントに用意されているだけ、各部屋にないのは少々不便だったものの、元々、温泉情緒に浸るとともに部屋でゆったり寛ぐ――といったつもりはなく、夜着いて翌朝早くには出てしまう予定だったこともあり、特に不満を覚えることはなかった。