内田百閒の作品を初めて読んだのは、大学生の時、岩波文庫版の「冥途・旅順入城式」だった。
その、簡潔かつ淡麗な文章で綴られた、幻想・怪異そして諧謔の混在した世界に魅了され、すぐ続けて同じ岩波文庫の「東京日記 他六篇」を買い求めたが、上記はこの作家の第一及び第三作にしてこちらは後記の作、ではその間のものは――と探したものの、当時読む本はこれに限っていた、新品の単行本では見出すことができなかった。
その後、「ノラや」「クルやお前か」の収録された中公文庫を目にし、さらに少し世界を広げ図書館で「阿房列車」に出会ってこれらも読んだが、まとまった作品群に接する機会はなかった。
これは主に私の探索が十分でなかったためであることはもちろんだが、世間に流通している百閒の本の少なかったことも大きいに違いない。
しかし、それから数十年を経て、視野を古書へと向けて大部な全集物を含めての渉猟に手を染めた一時期に、この大家の全集に邂逅し、漸く長年の喉の痞えが取れた。
講談社が昭和50年代前半(1970年代後半)に出した全10巻本である。
惜しむらくは、私の入手したのは完本ではなく、「鬼苑横談」「菊の雨」「船の夢」などを収めた第四巻、そして「阿房列車」シリーズを纏めた第七巻が欠けていた。
このために極めて安価に入手できたのだが、各巻二段組で500ページを超える大著、しかもハードカバー箱入りという重厚な装丁を具えながら、千円でお釣りの来る値というのは、あまりに安すぎると言わざるを得ない。
しかも、そこに内包された文学の価値を鑑みるに、その思いは一層募るのである。
読者の立場からすれば、良書を容易に手にできる状況はありがたいと言えないこともないが、著者の側に立っては遣り切れない話で、冥途におられる百閒先生の胸中を察するに余りある。
いや、こんなことに忸怩たるのは燕雀の輩だけで、天界に暮らす鴻鵠の面々は、そんなことには全く拘泥していないのかもしれない。
ただ、自身の手になるものだけではなく、およそ我が国が世界から文化国家として認められてきた所以のもの、さまざまな学芸における成果物の多くがほとんど顧みられない現在の状況を目にされたら、やはり慨嘆に堪えまい。
なお、内田百閒の全集は、講談社の刊行から15年ほど後、福武書店からも「新輯 内田百閒全集」が出された。
こちらは全33巻と巻数に大きな差があるけれども、書誌データを見たところでは、これは収録作品数の相違に起因するものではなく、単に書籍の体裁の差異から来ているようだ。
また、全集と銘打たれてはいないものの、旺文社もかつて百閒作品の集成的文庫を刊行している。
これらはすべて、既に絶版である……