根室での起床も早く、五時。
前日に日の入りを見ることができたので、日の出も拝めたらと思ったのである。
もちろん、方角からして海からでないことはわかっていたが、日本で一番早い日の出というのはやはり特別な感がある。
しかし、生憎この日は薄いながら雲が遍く空を覆っており、太陽はその姿を見せてくれなった。
少なからず残念な思いを胸にい抱きながら、夕日を眺めた場所から根室湾の方へぶらぶらと歩き、すぐ沖に浮かぶ奇妙な形の弁天島を中心に一渡り心に収めた後、町並みにも目をやりながら宿へ戻った。

頼んであった朝食は、主菜の魚が少々貧弱な感を否めなかったものの、品数はまあまあだし、米の価格が高騰しているご時世にご飯のおかわりもできたことを考えれば良しと言えよう。
当初の予定では、十一時過ぎ根室駅始発の快速列車で釧路へ向かうつもりだったが、根室で目当てとしていた海は十分堪能できた。
他には朝の二、三時間でできる観光もなさそうだし、釧路から来る時に逃がした上尾幌駅周辺の画を撮りたく、そのためにはここを通過してしまう快速は望ましくない。
そんなことから、一本前の八時台発へと変更した。
駅に着いたのは発車の二十分ほど前。
まだ開いていない改札口の前にもう結構な行列ができており、その末尾に並んで待つこと暫し、改札が開始されて動き出した人の群れに従って車内へと足を踏み入れた時には、案の定ボックス席はすべて埋まってしまっていたので、車両後部、進行方向右側のロング(というほど長くはないが)シートに座を占め、以後、必要に応じて身体を捩じり、内陸側の風景を見たり撮ったりしながら鉄路を辿った。

上にも書いた上尾幌駅周りの風景は、列車がそこへ近づいた時、ボックス席に座っている乗客に断って窓越しに撮ることができたのだけれど、前日根室へ向かう時とは全く違って特に興趣は感じなかった。
不思議である。
ほぼ十一時に終点釧路駅に到着すると、隣のホームにSL冬の湿原号が停まっていたのでその姿を撮影。

実は、朝に乗車列車の変更を考えた際、このSLの存在に気付き、果して指定席券は残っているのだろうかと試しにえきねっとで検索したところ、恐らくキャンセルがあったのだろう、一つだけ表示された。
しかしそれは進行方向に背を向けた通路側という最も有り難くない一席で、さらに釧路での乗り継ぎ時間が十分に満たず、ここまで来る列車の遅延により逃す不安もあったことから見合わせた。
それまでの三時間は、無為に過ごすには長い一方、観光するとなると足りない。
そこで釧路の町をぶらぶらと歩いてみることにして、この地の一つのランドマークとも言えそうな、釧路川に架かる幣舞橋(ぬさまいばし)目指して駅前の大通りに足を踏み出した。
途中に適当な食事処があれば昼食を摂るつもりだったのだけれど、目に付くのは閉まった店ばかり。
そのまま幣舞橋に着いてしまい、そこからの風景を眺めたり、設置された四季を象徴した四体のブロンズ像を見上げたり、さらにまだ雪に覆われている河畔へ下りたりして暫く過ごした後、他にこれといって行くべき所も思い付かなかったので踝を返した。
もっとも、同じ道を戻るのはあまりにも芸がないような気がして、一本または二本ずれた通りを辿った。
この際も飲食店には注意を向けたのだが、やはり開いているところは見当たらないまま、気が付くと釧路駅前に来ていた。
この日は日曜日、市場が休みなのは知っていたけれど、一般の店にとってはいわば稼ぎ時、にもかかわらず軒並み閉まっているとは思いもしなかった。
駅の中にベーカリーがあったので、そこで釧路とは特に繋がりの感じられない昼食とした。
次の網走行列車には、この旅で大きな眼目としたものがある。
知床斜里の先で、車窓から流氷を見ることだ。
このためには進行方向右側の座席の確保が肝要となるので、早めにホームへ向かったのだが、待ち位置には既に先客がおり、やがてその連れが合流、入線して来た列車が一両のみの単行編成だったこともあり、結局狙った座席には座れなかった。
落胆は禁じ得なかったものの、気を取り直して冬の釧路湿原の姿を眺めつつ鉄路を辿った。

乗車して四十分、茅沼駅に着いて車窓遠くに微かにタンチョウを見た時には青く広がっていた空を突然雲が閉ざし、この日は以後ずっと、暗く時折雪の舞う景色の中の道程となった。

十六時半過ぎ、列車が知床斜里駅に近づくと車内には荷物を纏めるなどの動きが見え、実際そこで少なからぬ乗客が下車したが、右側のボックスシートは空かず、入れ替わりに乗って来た人で座席はもちろん、吊革もほとんど埋ってしまった。
そんな中で行動するのは些か躊躇されたが、個人的にこの旅の主眼としていた流氷を捉えるにはここから網走までが勝負、人と人との間を透かして右側の窓に目を据え、海が現れてそれらしい姿が見えると同時に席を立ち、後部の乗降口の前に陣取って機を窺い、既に主力は離岸しわずかに残された残兵といった趣は禁じ得ないながら、何とか水面に塊の浮かぶ光景を観ることができた。

網走の三つ手前の北浜は、日本で唯一ホームから流氷の見える駅ということなので大きな期待を抱いていたが、乗車したのは同駅を通過する快速列車でホームへ出ること能わず。
しかし一瞬、その光景の片鱗は窺えた。

十七時半前に終点網走駅に到着。
次の列車の出るまで約三十分あったので、一旦改札を出て駅前の様子や駅舎を写真に収め、この日の締めくくりとなる同駅始発石北本線北見行列車に乗り込んで一時間、すっかり夜の帳の下りた北見駅に辿り着いた。
この日泊まる「きたぐちホテル」は駅から徒歩十分ほどだという。
雨と雪に濡れた道を歩き始めて間もなく、北海道の地元コンビニと言ってよいだろうセイコーマートが見え、入店したところこれも地元の一名物らしいザンギの弁当があったので、これを夕食に、また翌朝食も合わせて調達した。
このザンギとはてっきりホッケのような魚だとばかり思っていたが、実際は一種の鶏の唐揚げ。
きたぐちホテルは、予約したのが和室だったこともあり、昔懐かしい手頃な観光ホテルという感じ。
大浴場(と書くのは少々躊躇われるが……)の浴槽に足を伸ばして浸って冷えた身体を十分に温めて自室へ戻り、上のザンギ弁当で夕食を済ませると、すっかり満ち足りた気分になっていた。