蓼科高原日記

音楽・本・映画・釣り竿・オーディオ/デジタル機器、そしてもちろん自然に囲まれた、ささやかな山暮らしの日常

白水社 西域探検紀行全集6 内陸アジア縦断 ボンヴァロ(著)

19世紀中葉から本格的に開始された西域――すなわち、古代の中国人にとっての自国西方タリム盆地の国々、現代においては中央アジアとその周辺を含むさらに広い地域――の探検に関する、さまざまな探検家=著者の紀行を集めた「西域探検紀行全集(白水社)」の第6巻には、フランス人ガブリエル・ボンヴァロの「内陸アジア縦断」が置かれている。

 

20221009-西域探検紀行全集6 内陸アジア縦断 ボンヴァロ(著)

 

原書の表題「パリからトンキンまで―未知のチベット旅行」が示す通り、ここに収められているのは1889年夏から翌年の秋に亘って行われた、パリから東へ向かってロシアのモスクワ、オムスクへ至り、そこから広大なユーラシア大陸を南東へ縦断した探検旅行の記録であるが、旅行の前半を占める、上の経路に加えてジャルケントまでの道程はすっぱりと省かれ、記述されているのは当時シナ領だったクルジャへ入って以降の事柄である。

 

その理由は、ボンヴァロ自身が第一章冒頭に書いているので、それをご紹介するに越したことはあるまい。

 

――行程の前半分については、よく知られたルートだし、わたし自身八年前の著書の中で一度ふれたことがあるから、いっさい語らずにすませようと思う。さらに、われわれ以前に旅行家のプルジェワルスキーやケーリーがたどったルートについても話をはしょって、詳述するのはわれわれが開拓した地域だけにしぼろうと思う。――

 

 

 

 


この旅行は、フランスはオルレアン家のシャルトル公ロベール・ドルレアンの出資により、その令息アンリ・ドルレアンおよび過去二回の旅行に同行したラシュメドとともに開始され、さらにクルジャにおいて、ちょうどベルギー伝道団の一員としての任を終え、人に会うため上海を経て帰国するところだったドドカン神父が、中国語を解すこともあって同道することとなった。

 

そしてクルジャから天山を越えてコルラへ出、ロプノールへ赴き、新たなルートを開拓しながらチベットへ入ることを目指してチャルクリクでキャラバンを再編成。

 

チベットへ至る当時の一般的ルートは、ココ・ノールからツァイダムを経て青海省の高原を南下するものだったが、ボンヴァロはアルチン・ター(山脈)、ティメン・ター、コロンブス山脈へと向かった。

 

ここまでは既にプルジェワルスキーとケーリーも辿った道だが、ボンヴァロはさらに東西に走るいくつもの山脈を数々の苦難の末に越え、遂にナム・ツォ(テングリ・ノール)という湖のほとりへ到達する。

 


その苦難は、マイナス30℃を下回る寒さや強風、さらに高度による空気の希薄さといった自然条件に加え、外国人を領内から排除しようとする政治宗教両面からの策謀に代表される人的障害があり、次々と降りかかるこれらを耐え忍び乗り越えながら路を辿る様子が、時に淡々と、時には激しく、さまざまな風物とともに描かれている。

 

 

 

 


ナム・ツォの南に聳えるニンリン・タンラ山脈を越えれば聖都ラサで、ボンヴァロも当然そこへ至ることを熱望し、当局との交渉を重ねたが、この世紀の変わり目、何人かのヨーロッパ人が同じようにラサを目指し、それを目前にしながら足を踏み入れることができなかったのと同様、ボンヴァロもここで断念することとなった。

 

そこで東へ進路を変えてバタンから打箭炉(ター・チェン・ル)へと至り、さらに雲南府を経て、ソンコイ川に行き着いた後はジャンク船に身をゆだねて仏領インドシナのラオカイ、続いてハノイへ。

 

そしてハイフォンから海路へ出、サイゴン、シインガポール、コロンボと寄港しながら紅海へ入り、スエズ運河を通過して地中海へ出、マルセーユへ帰着した。

 


と、あたかも地理によく通じているかの如く地名を並べたが、これらは同書本文、および巻末に折り込まれた地図から拾ったもので、後者で位置を確認できれば多少のイメージは湧くものの、そこに記載されていない村や町、川・湖・山などが本文に出てくるとそれさえ難しかったことを白状せねばならない。

 

この点については、深田久弥による解説の中に、この旅行の足跡を辿るに必要かつ十分なAMS(旧米国陸軍地図局 = U.S. Army Map Service)百万分の一地図の番号・標題が挙げられ、それらを座右に広げることを推奨されているが、現在ではこれもまた簡単には実行できそうもない。

 

これに代わる地図はないものか――と、取り敢えずGoogleマップに当たってみたのだけれど、往時にはなかった道路などがかなり細かなものまで網羅されていることは無論役には立たず、それどころか却ってそのルートに目が囚われてしまいがちな一方、地質・地形といった事柄についての情報は乏しく、上の用途に適しているとは言い難い。

 


何か良い地図が見つかったら、それを参照しながら改めて同書、さらには同全集の他の巻も読み直してみたいと思う。

 

間違いなく、理解がぐッと深まると同時に興味も数段増すはずだ。